第80話

 


 


「寧々子さんっ!?」


「寧々子っ・・・。」


後ろから聞こえてきたか細い声にオレたちは振り向いた。


そこにいたのは寧々子さんだった。


寧々子さんは力なく微笑んでいた。


「涼音さんのこと、気になるんでしょ?失敗したなぁ~。こんなところで涼音さんに会っちゃうだなんて思わなかったからなぁ。涼音さんが社長秘書をしていることは聞いていたけど、まさか美琴っちのお父さんの秘書をしてたなんて。考えてもみなかったなぁ。」


「寧々子・・・。」


自虐的に笑う寧々子さんに、オレたちはかける言葉がない。


こんな寧々子さん初めて見たからだ。それほどまでに、寧々子さんの中で古賀さんの存在は良くも悪くも大きなものなのだろう。


「私は10年前に涼音さんと三ヶ月間だけお付き合いをしてたんだよね。」


「え?」


「え?」


突然の寧々子さんの告白にオレと美琴姉さんはまたしても言葉を失ってしまった。


まさか、寧々子さんが古賀さんと付き合っていただなんて思ってもみなかったのだ。


というか、寧々子さんって何歳?美琴姉さんと同じくらいの年齢に見えるんだけど、もし美琴姉さんと同い年ってことになると、寧々子さんは中学生くらいの時に古賀さんと付き合ってたってことか?


古賀さんは見た目からすると40代くらいに見えるし、10年前だったら30歳くらいだろうか。っていうか、その前に古賀さんも寧々子さんも女性同士だし。


親子と言われた方がまだ納得がいく。


「あー、なにか勘違いしてない?」


「えっ。いや、年齢が・・・。古賀さん40代くらいに見えるし。」


「そ、そうねぇ。それに寧々子って私と同い年でしょ?そうなると中学生のころにお付き合いしていたってこと?」


「えっ!?ちょ、ちょっとぉ~笑わせないでよぉ。美琴っちも優斗クンも面白いんだからっ。」


寧々子さんはそう言って静かに笑いだした。


「私、美琴っちより年上だよ?今年28だもんね。涼音さんは、ああ見えて38歳。40代だなんて思われてるって知ったら涼音さんショック受けるだろうなぁ。」


「へっ!?」


「えっ!?」


寧々子さんが28歳だって!?美琴姉さんよりも年上だったなんて知らなかった。


美琴姉さんも寧々子さんは同い年だと思っていたようでオレの隣でとても驚いている。


「んふっ。私ってばとっても若作りなのよ。」


寧々子さんはそう言ってほほ笑んだ。


「さて、私はそろそろ帰るね。二人の邪魔をしてもいけないしね。また、会社で会おうね。美琴っちに優斗クン。」


「え?ちょ・・・寧々子。」


「待ってください。寧々子さん。もうちょっとゆっくりしていっても・・・。」


 突然帰ると告げてきた寧々子さんに驚いてオレたちはひき止める言葉をかける。


「ちょっち、一人で考えたいことがあるから……。またね、美琴っち、優斗クン。……君たちはどんなことがあっても離れたらダメだからね。」


「寧々子……。」


「寧々子さん……。」


 オレたちはそれ以上寧々子さんをひき止めることが出来なかった。


 寧々子さんの瞳がこれ以上の追求は避けてほしいと訴えていたからだ。


 この時のオレたちはまだ気づかなかった。寧々子さんとは、この日を境に会えなくなってしまうことを。


「寧々子、行っちゃったね。」


「古賀さんと寧々子さんの間に何があったのかな?どんなことがあっても離れたらダメだというのはどういうことなんだろう。」


「……寧々子は古賀さんと別れたくなかったと言うことかしら?」


想像でしかないけれども、オレたちは寧々子さんは古賀さんと別れたくなかったのではないかと思い至った。


「でも、これ以上は踏み込めないわね。寧々子が話してくれるまで待ちましょう。」


「そうだね。」


寧々子さんのことは気になるが、寧々子さんから話してくれるまで待とうということになった。






☆☆☆





「美琴ちゃん。優斗クン。ただいまー。」


午後三時過ぎ、そう言って父さんが帰ってきた。随分早い帰りである。


いつもなら、夜遅くまで仕事や接待で帰ってこないのに。


「お帰り。父さん。早かったね。」


「お帰りなさい。」


オレたちは早く帰ってきた父さんに驚きながらも出迎えた。


「んふーっ。美琴ちゃんと優斗クンのことが気になって帰ってきちゃった。」


「……仕事に集中できなくて、古賀さんに追い出されたの間違いじゃないかしら?」


「う゛っ………。」


美琴姉さんが鋭い突っ込みをすると、父さんは息を詰まらせた。どうやら、図星だったようである。


「だ、だって……。美琴ちゃんと優斗クンが何してるかなって思ったら気になっちゃってさ。二人がこ、恋人同士で結婚も視野に入れてるって聞いちゃったら落ち着かないよ。ボク。」


父さんはそう言ってそわそわと指を動かしている。


「ほら……ボク、もうお祖父ちゃんになっちゃうのかなって。孫は女の子なのか男の子なのかって思ったら仕事にならないよね。ねえ、産着は男の子でも女の子でも使えるような色合いがいいかな?あ、でも女の子だったらお姫様のような産着もいいよね。あーどうしよう。どうしたらいいかな?」


「な、ななななな何いってるのーーーっ!?」


「父さん!気が早すぎだからっ!!」

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