第78話
「え?」
「はい?」
「えっ?えっ?」
美琴姉さんとオレと父さんの声が同時に漏れる。
今、なんか寧々子さんはとんでもないことを言わなかっただろうか。
聞き間違いだろうか。それならばいいんだけれども。
「あの・・・寧々子?なんか、間違ってない?」
美琴姉さんが、声を掠らせながらそう問いかける。
でも、寧々子さんは満面の笑みを浮かべて首を横に振った。
「んーん。間違えてないよ。優斗クンのことは諦める。諦めるんだけど、私、社長より美琴っちの方が好きだし。きっと美琴っちとだったら幸せな結婚生活を送れると思うんだよね。朝食も手際よく作ってたしさ。美琴っち超優良物件だってことに気づいちゃったんだもん。優斗クンには渡せないよ。」
寧々子さんはそう言って、美琴姉さんに抱き着いた。
美琴姉さんは思ってもみなかったことに固まってしまっている。オレだって固まりたい。むしろ、聞かなかったことにしたい。
父さんも口を限界まで開いてしまっているし。
「ね、寧々子さん。あの・・・さっきの話を聞いていましたか?美琴姉さんはオレと・・・。」
「だって、まだ結婚してないでしょう?なら、私にだってまだチャンスはあるよね!」
寧々子さん・・・。さっきまでの態度はなんだったのだろうか。
さっきもそう言って、母さんに睨まれてたのに。
「ないわよ。私は優斗がいいの。優斗じゃなきゃダメなの。優斗以外と結婚する気はないわ。」
「美琴姉さん・・・。」
寧々子さんの言葉に正気を取り戻した美琴姉さんがきっぱりと引導を渡す。オレは、その姿に思わず感動をしてしまった。
オレがいいとか。オレじゃなきゃダメだとか。
なんだって美琴姉さんはオレが喜ぶ言葉を聞かせてくれるのだろうか。寧々子さんに向かって牽制するために言った言葉だとは思うけれども、美琴姉さんの気持ちがとても嬉しい。
「美琴っち・・・。どうして、どうして私の好きな人には既に相手が決まっているんですかーーーーっ!?」
「だから、社長さんが・・・。」
「社長がいるじゃないの。」
寧々子さんが急に叫びだす。オレたちは冷静にそれにツッコミをいれた。
「しゃ、社長は嫌なの・・・。」
「でも、寧々子さんまだ若いんだからこれから先たくさんの出会いがありますよ。」
「そんなことないわよぉ。私はいつだって崖っぷちなんだからっ!」
寧々子さんはそう言っておいおいと泣き始めてしまった。
どうしようかと美琴姉さんと顔を見合わせる。
寧々子さんが泣いてしまったからと相手を譲るほどオレも美琴姉さんもお人よしではない。
「は、はは。美琴ちゃんも優斗クンもモテるんだねぇ。」
泣き出してしまった寧々子さんを見ていると、のほほんとした口調の父親が声をかけてきた。その声が若干上ずっているのは気のせいだろうか。
ピンポーンっ。
その時、来訪者を告げるチャイムの音が聞こえてきた。
こんな時間に誰だろうか。
オレは慌てて玄関に向かう。後ろからは美琴姉さんもついてきている。
「どちら様ですかー。」
「私、古賀と申します。社長をお迎えにあがりました。」
声をかけると、玄関の方からお堅い感じの女性の声が聞こえてくる。
古賀という苗字には聞き覚えがある。確か父さんの秘書の名前だったはず・・・。
オレは記憶の中の古賀さんを思い浮かべる。
黒髪ショートカットのキリッとした年配の女性だったはずだ。
「ご迷惑をおかけします。父はもうすぐ来るかと思いますので・・・。」
言えない。父さんはまだ寝間着姿でリビングにいるだなんて言えない。
オレは視線で美琴姉さんに合図を送る。
美琴姉さんはオレに一度だけ頷くとすぐにリビングに消えて行った。父さんに古賀さんが来たことを伝えるためだろう。ついでに、父さんに着替えをするように伝えてくるのだろう。
「あの・・・もう少しで来るとは思いますが、玄関で待っていただくのは申し訳ないので、よかったら上がってください。」
「いえ。このままここで待たせていただきます。」
古賀さんはそう言ってその場にいることを選択した。
これは、古賀さん相当父さんに頭に来ているような気がする。
いつもだったらもう少しだけにこやかなのに。
「えっと・・・。オレ、父の様子を見てきますので。」
耐え切れなくなってオレは玄関を後にして、リビングに向かった。向かった先のリビングには美琴姉さんの姿も父さんの姿もなかった。
どうやら着替えに向かったらしい。
寧々子さんだけが、ソファーに座ってむっつりとジュースを飲んでいた。
「あの・・・父さんは?」
「んー。着替えにいったよぉ。ねえ、優斗クン。美琴っち譲ってよぉ。」
「ダメです。」
「えー。ケチぃー。減るもんじゃないからいいじゃないのぉ。」
「減ります。確実に減ります。オレの心がすり減ります。美琴姉さんがオレ以外の人と結婚するだなんて・・・。」
「でもぉ。優斗クンまだ学生じゃん。美琴っちのこと経済的に支えられるの?」
「うっ。」
寧々子さん、テキトーに生きてそうなのに、どうしてこんな時に正論をかざすのだろうか。
確かにオレはまだ学生で進路にも迷っている。
そんなオレが今すぐに美琴姉さんと結婚するのは無理だろう。
いくら父さんと母さんが許してくれたとしても、オレのプライドが邪魔をする。
親の脛を齧って生きていくのではなく、オレの力で美琴姉さんを幸せにしたい。
「んふーっ。じゃあ、私に譲って?」
「ダメです。それは出来ません。寧々子さん。」
「っ!?寧々子っ!?」
オレが寧々子さんと言い争っていると、その声が玄関まで聞こえてしまったようで、玄関から古賀さんの驚いたような声が聞こえてきた。
って、寧々子さんと古賀さんは知り合いなのだろうか?
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