第77話

 


 


 


 


「えっ?夢じゃ・・・ないの?じゃあ、ここが夢の世界かなぁ。僕起きたつもりだったけど、まだ寝てるのかな。」


父さんは、意地でも夢であると思いたいのか、そんなことを言った。


「夢じゃないよ。父さん。父さんはしっかり起きてるよ。」


オレが再度父さんに告げる。


すると、父さんは右手を上にあげると、オレの方をゆっくりとなぞった。


「いたたたたたたっっ!!」


父さんに思いっきり左頬を抓られてオレは痛みで声を上げた。


「・・・痛くない。やっぱり、夢だ。」


「そりゃそうだよ。父さん。父さんが抓っているのはオレの頬なんだから。」


どうやら夢かどうかを確認するために、オレの頬を抓ったらしい。で、自分の頬は痛くないから夢だと父さんは言った。


オレの頬を抓って父さんの頬が痛かったらそれこそ夢を見ているのだと思うけれど。


「ああ・・・優斗クンの頬か。俺の頬は・・・。」


父さんの節くれだった指がオレの頬から離れていく。そうして、今度は自分の頬に触れた。


指先にグッと力が入る。


「・・・痛いっ。」


父さんが小さく呟いた。そうして、薄っすらと目に涙を浮かべる。


よほど痛かったのだろうか。


「ははっ。夢じゃない、か。これは現実なんだな。」


父さんはそう言って涙を一筋溢した。


「・・・父さん。」


「・・・父さん。」


オレと美琴姉さんが心配になって父さんに声をかけると、父さんは静かに涙を流しながら笑顔を向けてきた。その表情は今まで見た中で一番綺麗だった。


「ありがとう。美琴ちゃんに優斗クン。僕は今、とても幸せだよ。」


「父さん・・・。」


「父さん・・・。」


父さんからの「ありがとう。」という言葉に、オレと美琴姉さんの目にも薄っすらと涙が溢れてくる。


まさか、「ありがとう。」と言われるとは思わなかったのだ。


反対される可能性だってあったのだから。それなのに、「ありがとう。」と父さんは言った。


つまり、父さんもオレたちの関係は認めてくれたというわけで。


「きゃああああああ!!!遅刻ぅ~!!遅刻するぅ~~!!!また、会社を辞めろって言われちゃうよぉ~~~!!!」


オレたちがいい雰囲気になっていると、急に慌てふためいた声が聞こえてきた。


言わずもがな寧々子さんである。


正気に戻った寧々子さんは壁に掛けられた時計を見て悲鳴を上げたようだ。


時刻は9時をまわっていた。


「美琴っち!車出してよ!車!!」


「寧々子・・・。あんたここまで何で来たのよ。自分の車じゃないの?」


良い雰囲気をぶち壊されながらも、美琴姉さんは寧々子さんに答える。


多少呆れているような気がするのは仕方のないことだろう。


寧々子さんは手足をジタバタとさせている。


「私が焦って運転すると警察に捕まるの!これ絶対!!今までに5回中4回は捕まって切符切られたんだからっ!!」


「・・・安全運転で行きなさいよ。」


「だめっ!!安全運転じゃ遅刻しちゃうよ!!」


「その理屈だと私の車に乗っても遅刻するわよ。私は安全運転で行くからね。」


「うっ・・・。大丈夫!美琴っちは焦って運転してスピード出し過ぎても、一時停止無視しても、信号無視しても、一通無視しても捕まらないから!大丈夫だからっ!!」


「・・・その自身はどこからくるわけ?」


寧々子さんの無茶な発言に美琴姉さんは呆れたようにため息をついた。


オレも思わず苦笑いしてしまう。


交通違反をすればそれを見ていた警察官がいれば、誰だって捕まってしまうだろう。それは寧々子さんでも美琴姉さんでも同じだ。


つまり、寧々子さんが美琴姉さんの車に乗っても同じ結果になるだろう。


「だって。だってだって。遅刻したらまた社長が・・・。」


「はあ・・・。じゃあ、寧々子も休むって連絡しなさい。」


「でも・・・。私の生きがいは仕事なのよ。休むだなんてそんなことできっこないわ。」


「休みなさい。社長のプロポーズを断る気でいるのならば、休んだ方がいいわよ。」


「え?なんで?」


「社長に責任を取って結婚するようにって言われたのが気に入りませんってことをアピールしたらどうかしら?」


美琴姉さんは寧々子さんにそうアドバイスをした。


まあ、確かにプロポーズをした相手が次の日会社を休んだってなったら社長さんはショックを受けるだろうな。


それが、仕事大好き人間な寧々子さんだったら特に。


まあ、寧々子さんが社長さんと結婚する気があるのならば、ちゃんとに社長さんに説明をした方がいいと思うけど。


「そっか!美琴っち頭良い!」


寧々子さんは美琴姉さんの言葉の意味を理解すると、嬉しそうに頷いた。


うん。哀れ社長さん。


どうやら社長さんは寧々子さんに振られたようである。


「それに・・・今の会社じゃなきゃできない仕事でもないでしょ?キャッティーニャオンラインは今の会社の物だから仕方がないけれど、他の会社に移ってもVRMMOの開発をすることはできるはずよ。それに、独立したっていいんじゃない?寧々子ほどの実力があれば独立してもやっていけると思うわ。」


「・・・美琴っち。」


美琴姉さんのフォローに、寧々子さんは目頭を熱くしてキラキラとした目で美琴姉さんを見つめている。


うん。やっぱり女性同士は仲が良い方がいいよね。うん。


「そうだね。美琴っちの言う通りだよね。ありがとう。美琴っち。私、美琴っちのお嫁さんになるね!」


遅刻すると慌てていた寧々子さんはそう言ってにっこりと微笑んだ。


 


 


 


 


 


 


 


 


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