第76話

 


 


 


一番最初に我に返ったのは誰だっただろうか。


「あら。まあ。美琴も優斗と結婚したいの?なら、寧々子さんとライバルなのね。それで、優斗は寧々子さんと美琴のどちらと結婚したいのかしら?」


母さんは今度はオレに訊ねてきた。


ギギギッと美琴姉さんに視線を向けると、美琴姉さんは苦笑を浮かべていたが、それでもどこか期待を含んだ眼差しでオレを見つめていた。反対に寧々子さんは引きつった笑みを浮かべていた。そして、父さんにいたっては目を大きく見開いたまま瞬きもしない。


オレは美琴姉さんの顔を見て覚悟を決めた。


今、ここで言わなかったら美琴姉さんのことを傷つけてしまう。それに、母さんや父さんに嘘をつくことになってしまう。遅かれ早かれ父さんと母さんにはオレたちの気持ちを告げるつもりだったんだ。それが、今日になっただけ。


先延ばしにしても言い辛くなるだけだ。


「オレは・・・美琴姉さんと結婚したい・・です。」


母さんの目をまっすぐ見つめてオレはそう告げた。


隣に座る美琴姉さんの手がオレの右手をギュッと掴んだ。


母さんに気づかれないように美琴姉さんの方をチラッと見ると、美琴姉さんは真っ赤な顔で目に涙をうっすらと浮かべていた。


よかった。これでよかったんだ。


美琴姉さんが不快に思っていないことを確認するとホッと安堵の息が漏れた。


「あらあら、まあまあ。そうなのね。優斗はうちの美琴と結婚したいんですって。寧々子さん、うちの優斗は諦めてくださるかしら?」


オレの回答を得た母さんはにっこりと微笑んで寧々子さんに告げた。


寧々子さんの顔色が悪くなっていく。それに、父さんの顔色も真っ青を通り越して真っ白になってしまっている。今にも倒れこみそうなんだけど。大丈夫かな、父さん。


それにしても、どうして母さんはこの事態に冷静でいられるのだろうか。


普通、義理とは言え姉と弟が結婚したいだなんて言い出したらビックリするだろう。


なのに、母さんはまったく驚いていないのがとても怖い。


「は、はいぃぃぃぃぃぃ・・・。」


寧々子さんは母さんに促されてコクコクと頷いていた。


そして、父さんは椅子に座ったまま器用に椅子ごと後ろに倒れこんでしまった。


「と、父さん!?」


「お父さんっ!?」


オレと美琴姉さんが驚いて父さんにかけよると父さんは意識を失っていた。それほど、オレたちの告白が衝撃的だったのだろう。


「ふぅ。仕方のない旦那様ね。優斗、旦那様をソファーに運んでくれるかしら?」


「え。あ、はい。」


うんしょ。と掛け声とともに父さんを抱き上げる。


こう見えてもオレ、力だけはある。それに、父さんは成人男性としてはかなり小柄でやせ型だから軽い。まあ、美琴姉さんよりは父さんの方が重いけど。


「お・・・お姫様抱っこ・・・。」


父さんの脇の下と、太ももに手を入れて持ち上げたところで美琴姉さんが衝撃を受けたような声をあげた。


確かに、オレが父さんを抱き上げた絵面を見れば確かにお姫様抱っこだ。


いや、でも。美琴姉さんそんなにショックを受けることでもないと思うんだけど・・・。


「私だってまだ優斗にお姫様抱っこされたことないのに・・・。お父さんのバカ。」


「くすっ。まだまだ子供ね、美琴。」


拗ねている美琴姉さんの横で母さんが小さく笑った。


オレは二人に構うことなく父さんをリビングのソファーに寝かせた。


いくら父さんが軽いとはいえ、人一人を運ぶのは重労働だ。


「ふぅ。まさか気絶するほど驚くなんてな。」


オレは父さんの顔を見ながらポツリと呟いた。


 


 


 


☆☆☆


 


 


 


「じゃあ、美琴に優斗。私は仕事に行ってくるから旦那様のことよろしくね。もう起こさないと会社に遅刻して怒られるのは旦那様だから。その辺しっかりと覚えておいてね。」


母さんは気を失った父さんを置いて一人颯爽と父さんをオレたちに残して家から出て行ってしまった。


「・・・母さんは平気なのかしら。」


「たぶん。平気というか、もしかしたらオレたちのことに気づいていて既に心構えができていたのかな。」


「そうね。あの母さんだものね。」


会社に向かう母さんの後ろ姿を見えなくなるまで目で追ってからどちらともなく母さんの話になった。


オレが思うに、母さんはオレと美琴姉さんの想いに気づいていたんだと思う。


ただ、オレたちから言ってくれるのを待っていただけのように思えるのだ。


そうであれば、母さんがオレたちの告白に驚かなかったのも頷ける。


「でも・・・母さん喜んでいるように見えたわ。」


「ああ。はしゃいでいるように見えたね。」


オレたちの目には母さんがいつになくはしゃいでいるように見えた。


きっと、母さんはオレたちのことを祝福してくれているのだと思う。


今日、母さんが帰ってきたらゆっくりと話をしよう。


「でも、その前に父さんだな。起こさないと会社に遅刻しちゃう。って、美琴姉さんは遅刻大丈夫なの?」


父さんと母さんが仕事ということは美琴姉さんも寧々子さんも仕事なわけで。


まだ、うちにいる寧々子さんと美琴姉さんのことが少し心配になる。


「ん。今日は優斗と一緒にいたいから休む。急ぎの仕事もないしね。寧々子は・・・どうなのかしら?社長に求婚されたって言ってたから行きづらいんじゃないかしら。」


今日は美琴姉さんはオレと一緒にいてくれるらしい。


こういう時、休みが自由にとれる会社っていいものだなと思う。


「父さん。父さん起きて。会社に遅刻するよ。」


オレは、父さんの肩をポンポンと叩いて刺激する。


「母さんは仕事に行っちゃったわよ。父さんも行かないと遅刻するでしょ?遅刻したらあの人が迎えに来ちゃうよ?」


美琴姉さんは父さんの耳元で声を張り上げる。


オレと美琴姉さんとの初めての共同作業だ。それが、父親を起こすことだなんて・・・。


「ん・・・うぅ。とても幸せな夢を見たよ。優斗クン。美琴ちゃん。僕はとても幸せな夢を見たんだ。」


父さんはすぐに意識を取り戻した。


そうして、頭を押さえてゆっくりと上体を起こしながら、目を潤ませてそう言った。


「美琴ちゃんと優斗クンが結婚するって言うんだよ。こんな幸せな夢、覚めないで欲しかったな。もっと夢見ていたかったな。」


父さんのほわほわとした嬉しそうな声音にオレたちの動作が止まる。


まさか、父さんがそんなことを思っていたとは知らなかったのだ。


「夢じゃ・・・ないよ。」


美琴姉さんが小さく呟いてそっと涙をこぼした。


 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る