第232話◇判断
本人曰く、混血のヤマト。目の色だけでなく、魔力反応から見てもそれは事実だろう。
ミヤビは純粋なヤマト民族かつ飛び抜けた才能を持っているが、そんな例は稀。
魔力税をなんとか支払えればいい方で、大抵は加齢による魔力炉の機能低下によって壁外行きとなる。
アカツキの魔力炉性能は並か、中の上程度だと思われる。ヤマトとしては破格だが、領域守護者ならば平均値。
いまだ魔法を使っていないが、使えないと判断するのは早計だろう。
魔人が死体を操れるとは言っても、たった一体と一組で侵入したのだ。何らかの集団に属しているような口ぶりだったが、余程の人手不足でなければ、少数での任達成が可能と判断されるだけの実力があるということ。
「お手並拝見といこうか、和装の
鍔迫り合いの状態から、それは迫った。
「ッ!」
一言で言えば、形態変化だ。
ヤクモもよく用いる《
二つのことが同時に起きた。
刃から、更に刃を生やしたのだ。
剣としてはいびつだが、剣戟を交わして互いの距離が近い今ならば効果的。
当然回避を選択するが、そこでもう一つの現象に気づく。
『だめっ』
刀を引くような動作で後退を狙ったヤクモだが、それは引き戻されるような力によって失敗。
違う。
雪色夜切とアカツキの剣の接触点。互いの刃をぶつけあった箇所。
そこで、二つの刃が固着していたのだ。
刃の創造という派手で緊急性の高い攻撃を放つ裏で、見た目上は一切の変化を見せずに刃の接点で互いの得物を融合させたのだ。
刀が敵と繋がっているのに飛び退けば、失敗するのは当然。
どちらか片方であれば対応は困難ではない。
ただ、組み合わせとタイミングが絶妙だった。
体勢の崩れたところに剣を
「幻刀」
もちろん、ヤクモが為されるがままであればの話。
少年は非実在化によって即座に刀を解放。
敵の剣もまた同じだが、ヤクモは正面に転ぶような前傾姿勢から一歩踏み出す。
本来であれば後退の失敗によって前方に引き戻されたヤクモは、
そこを、無理やり整える。
地面から僅かに高い空間に粒子を展開、固定。
坂のように、僅かに斜面のついた配置。
それを踏みつけ、蹴る。
それによって不格好ではあるが、強引に後退を果たした。
「へぇ」
次の瞬間、ヤクモの鼻先を切っ先が掠めた。
「そういう使い方をするのか、器用なんだな」
感心するような声。
あと一瞬遅ければ脳天が……いや。
「安心してくれ。
斬られることはない。剣の形状を保っているが、棒と同じようなもの。
彼は本気で、ヤクモに親近感のようなものを抱いている。殺すつもりがないのも本音なのだろう。
『……舐めた真似を』
妹の声に怒りが滲む。
アカツキの行動は、配慮のつもりか。手抜きとは違うが、測られている気配はする。
ミヤビとの訓練が、どうしてか思い起こされた。
彼女もまた指導に手を抜かなかったが、だからといってそれは全身全霊でヤクモを殺しにかかったわけではない。死ぬような思いはしたが、殺意は無かった。
アカツキにもどこか似たものを感じる。
どこまでやれるか、ヤクモの限界を試すような。
そんな彼の背後から、五振りの
「なるほど……粒子を魔力のように形成して操作することが出来るのか」
彼が赫焉刀に対応している間に粒子による筋力補助と装甲展開を済ませ、隙を作って斬撃を見舞うつもりだった。
――隙が無かった。
五振りはそれぞれ『上段から振り下ろし』『右から横薙ぎ』『左から横薙ぎ』『斬り上げ』『突き』の軌道で彼に迫った。
彼がヤクモを見たまま後ろに足を踏み出す。
それがまず、斬り上げる直前の赫焉刀を踏みつけた。
直後に彼は刃の上に乗せた足を軸にして身体を回転させ、上から迫る刃を剣で弾く。
その過程で半身になり、突きの軌道からギリギリ逸れたかと思えば刃の棟をつまむように掴んで捻った。
捻られた赫焉刀は切っ先が左の、柄頭が右の横薙ぎを受け止めた。
『――そ……んな』
ほんの僅かでもタイミングと加減を間違えれば切り裂かれていただろう。
彼は間違わなかった。
見るまでもなく把握し、魔力を伴わない攻撃に完璧に対応したのだ。
そうして僅かに生まれた猶予で、彼は赫焉刀たちの狙いから外れるように動き出す。
「全部自分で操っているんだろう? 頭の回転が速いんだな。それぞれの動きもいい」
アカツキの動きは一瞬だったが、その一瞬でヤクモは体勢を整え再び接近していた。
彼はそれにも驚かず、優しげな眼差しでヤクモを見る。
「白い鎧か、和装の方が似合っているんじゃないか?」
正面から迫るヤクモを、彼は一文字の斬撃で迎える。
それを身体に触れる直前で受け止めるように、赫焉刀が出現。
「悪くない判断だ」
しかし自分は読んでいる、と言いたいのだろう。
実際彼は予期していたのだろう、当たり前のように剣は赫焉刀を通過。非実在化していたのだ。
だが剣がヤクモを叩くことは無かった。
ヤクモもまた、読んでいた。
速度を落とさず姿勢は低く。剣が頭上を通過する。
「……これは」
彼が回転し、ヤクモから目を離したほんの刹那。
ヤクモは雪色夜切本体を柄を残して粒子化。身体に忍ばせ、赫焉刀に持ち替えていたのだ。
そして彼の斬撃が迫る直前、赫焉刀を手放して頭を下げた。
残った赫焉刀は落ちることなく、彼に向かって一閃を見舞う。
それだけではない。
彼の剣が通過した赫焉刀も動き出し、跳ねるような斬り上げを放つ。
更に。
柄を握り、揮う。
粒子は既に集まっていた。
雪夜夜切の刀身が出現。
それでも彼は退かない。対応出来るのだろう。
――だと思った。
「
『承知』
ぶわり、と。
ヤクモが纏っていた装甲が剥がれ、粒子に戻って二人を包むように舞う。
「……あぁ、なるほど」
アカツキは納得したような声を出し、即座に後ろに跳ねた。
初めての後退。対応ではなく純粋な回避。
ふわりと舞った髪がぱらぱらと落ち、頬に一筋の線が走る。
それはぷつりと弾け、血を滴らせた。
「……見て、斬る。オレがそう言ったから、ギリギリまで『対応可能な攻撃』で留まらせて、最後に視界を乱したのか。……鎧は本物だけど、偽装でもあった」
空いた手で傷口に触れながら、アカツキは嬉しそうに笑っている。
正確には聴覚や気配なども利用しているのだろうが、彼は基本的に見て判断している。
それは事実だと思った。
「相手から得た情報を鵜呑みにするのではく、吟味した上で利用出来るか判断。一挙手一投足を見逃さず、次の攻撃に活かす。すごいな」
「こちらは、刃を消しませんよ」
「……怒るなよ。侮辱したんじゃあない。でもそうだな、謝るよ。見誤っていたかもしれない」
彼の剣に、刃が戻った。
「さぁ、続けよう」
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