第230話◇風雲




 アップルパイを食べ終わった頃。

 婦人の家を後にしたあたりで、一人の騎士が急いだ様子で近づいてきた。


 魔力でペリノアとパーシヴァルを探知したのだろう。


「どうした」


 ペリノアの落ち着いた声に、息を切らしていた騎士はゆっくりと呼気を整えてから言う。


「《ヴァルハラ》より、マーハウス様を含む円卓の面々がご帰還です。《窓》の者が接近を確認しました」


 《窓》というのは、文脈から察するに『青』に相当する組織だろう。いや、役割かもしれない。

 壁の縁ではなく、《アヴァロン》は壁の中に人の出入りが可能な空間があるようだった。

 そこから壁外を監視する者、という意味合いに違いない。


「予定より早いな。アークトゥルス様には?」


「他の者が報告に向かっています」


「そうか。報告ご苦労」


「はっ」


 その時の騎士の表情に、ヤクモは引っかかりを覚えた。


「何か気になることがあったんですか?」


 思わず口に出してしまう。

 ヤクモとそう歳が変わらないだろう騎士は、その言葉にハッとしたようにこちらを見た。


「何故、そう思われたのですか?」


 アークトゥルスが他都市から客人を招いた、ということはもう知っているのだろう。素性に関する質問などは無い。


「表情が、少し気になって。報告するかどうか迷う程度の何かがあったのかなと」


「そうなの?」


 パーシヴァルが問うと、騎士は困ったような顔をした。


「このようなことを口にするのは、その……」


「いいんだよ。ここだけの秘密にしちゃう。ですよねペリノアさん」


 安心させるようにパーシヴァルが微笑み、ペリノアは短く頷く。


「あぁ。報告を」


「その……アイアンサイド様のご様子が、普段とは……」


 そこまで言って、騎士は言い淀む。

 だが二人にはそれで充分だったようだった。


「あっ、そうだね。彼が一緒に帰ってるなら、私達はとっくに気付いた筈だ」


 パーシヴァルが言うには、そのアイアンサイドも円卓の一角なのだが、少しばかり顕示欲が強いのだという。

 アークトゥルスとは逆で、魔力を誇示するように発する。


 だから、彼が帰還者の中に含まれるのであれば、都市の中にいても分かるに違いないのだとか。


「……奴の魔力は感じない」


 ペリノアが重々しくつぶやく。


「単に疲労しているという可能性は?」


 ラブラドライトの言葉は充分に有り得るものだったが、騎士達は首を横に振る。


「いやぁ、それが彼って見栄っ張りなんだよね。もちろん実力は充分なんだけど、格好つけが過ぎるというか。とにかく、疲れたくらいで大人しくはしないかな」


 苦笑しつつも、パーシヴァルの目は真剣だ。

 それもそうだろう。

 彼らの言葉通りなら、何か普通でないことが起きたということなのだから。


「ペリノアさん、ちょっと出迎えしてあげましょうよ。それで、『いつもの元気はどうしたの』ってからかってやるんです」


「付き合おう」


 冗談めかしてはいるが、空気は張り詰めている。


「えぇと君、悪いんだけど頼めるかな。モルガン様のところまで、モロノエとティロノエを迎えにいってくれるかい? 西門に来るように伝えてほしいんだ。至急、、ね」


「はっ!」


 自分が感じ取った違和感をパーシヴァルが真剣に考えていると分かった騎士は、勢いよく返事したあとすぐさま駆け出した。


「あ、そうだ君達は、えぇと案内の途中で悪いんだけど……」


 パーシヴァルが頬を掻きながら、申し訳なさそうな声を出す。


「案内してよ、西門はまだ見てない」


 ツキヒの言葉はつまり、自分達も付き合うということ。


「……意外だな、君がお節介を焼くとは。ヤクモのお人好しが移ったか?」


 ラブラドライトの言葉に、ツキヒは露骨に舌打ちをする。


「きみは一々うざいんだよ。戻っても暇なんだから、ついていった方がマシってだけ。それに……」


 ちらりと、ヤクモとアサヒを見る。

 それに、どうせヤクモとアサヒはついていくだろうし。といったところか。


「そうですね、お邪魔でなければ僕らも行きます」


「何かあった時、パートナーのいない貴方達では対応出来ないかもしれない」


 ヤクモとラブラドライトも続く。


「う、うぅん……。これ以上他都市の子に迷惑を掛けるのは気が咎めるんだけど」


 パーシヴァルは躊躇っている。


「議論する時間が惜しい。客人方が望むのであれば、そのように」


「いいんですか? んん、じゃあお願いしようかな」


 一行は急ぎ西門へと向かった。

 アークトゥルスの時程ではないが、門の付近は賑わっていた。


 門が開き、巨大な土塊が『風』魔法で都市内に運ばれる。

 その上に何組かの騎士と、いくつかの木箱がのっていた。


 ――なんだ、これ。


 騎士達は生きている。魔力炉は稼働しているし、呼吸もしていれば、動いている。


 ただ、騎士達から生者の気配がしない、、、、、、、、、


 こんなことは初めてだった。

 これではまるで、誰かが死体を生者に偽装しているみたいだ。 


「兄さん」


 妹がぎゅっと手を握ってくる。

 不安だから、というだけではない。戦いになるかもしれないと、即座に判断してのこと。


 ――木箱の中から、生者の気配がする。


 それも、三つも。まさか騎士が詰まっているということはないだろう。


「……ついたか」


 内側から、蓋が持ち上げられる。

 出てきた者を見て、ヤクモ達は一瞬、硬直してしまう。


 闇のように黒い髪、、、、、、、、をした、人間の青年。

 その瞳は赤く、魔人のよう。だが魔人との混血とも違う。


「起きろ、ミミ。目的地だ」


 木箱の一つを、ノックするように叩く青年。

 すると眠たげな声と共に、淡黄色の長髪を二つに分けて結った少女が出てくる。


「ふぁあ。うっ、眩しい……」


 こちらもまた、人間。


「おいランタン、出てこないつもりか……」


 黒髪の青年は違う木箱も叩いたが、そちらは反応なし。

 手が見えないくらい長い袖をした服の少女が、目をごしごししながらニヤァと笑う。


「意地悪なアカツキ。ランタンは魔人だから出てこれないよ。お目々チカチカしちゃうでしょ、こんなに太陽サンサンだったら、ね」


「……あぁ、日中だからか」


「夜ならこのままランタンにお任せ出来たのにね?」


「いや、彼女の役に立てる機会だ。ありがたいよ」


「むぅ」


「そうむくれるな」


 木箱から出た青年は、少女の頬を撫でる。少女は擽ったそうに目を細めた。

 集まった人々は、わけもわからず混乱している。


 ヤクモ達が動けずにいたのは、状況が分からないから。

 これが全員魔人なら、最悪の事態だがまだ動けただろう。


 しかしこれは。


「仕事をしよう」


「あとでご褒美ね?」


「ちゃんと出来たらな」


「出来るよ、ミミ達なら」


「あぁ。イグナイト、、、、、――レグホーン・テリトリー」


 淡い黄色の、剣。

 《導燈者イグナイター》と《偽紅鏡グリマー》。

 そして剣士は――ヤマトの血を継ぐ者。


 それが、魔人と一緒に都市に侵入してきた。


 円卓を冠するに相応しい騎士達を、生きた屍のようにしたのは魔人だろう。

 光が当たらぬよう、木箱に潜んだままの魔人。


 外に残らなかったのはおそらく、近くでなければ騎士達の生を偽装出来ないから。


「これだけいるんだ。誰か知っているだろう」


 青年はそう言って都市の人々を見回す。


「湖の乙女、この都市に居るんだろう? いきなりで申し訳ないが、オレ達《耀却夜行グリームフォーラー》が保護しようと思う。抵抗も沈黙も自由だが、個人的には推奨しない。無駄だ……か……ら」


 青年の目が、ヤクモに留まる。

 これまで冷静だった青年が、驚いたように両目を見開いた。


「どうして《アヴァロン》にヤマト民族お仲間がいる?」


「どうして人間が魔人と一緒に都市を襲っているんだ」


 呼応するように、ヤクモも声が出た。


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