第225話◇格差
ツキヒは予選決勝までずっと遣い手の身体を『操作』していた。
姉とヤクモとの戦いの果てに黒点化した少女は、初めて遣い手に身体を委ねた。元々は彼女の身体、普通の領域守護者と同じスタイルをとっただけ。
負けてしまったけれど、それはグラヴェルが自分に劣っているというわけではない。
ツキヒが『操作』すると、思考と魔力がそこに割かれてしまうが、経験で言えばツキヒが豊富。
グラヴェル自身が動くと、前述の負担が無い分ツキヒよりも反応面で上回るものの、動きの精細さに欠ける。
どちらが自分達に合っているか、まだ判断がついていなかった。
結果考案されたのが、使い分け。
ツキヒの方が割合として大きいものの、グラヴェル自身が動くこともある。
『ヴェル、試してみれば』
「うん」
敵は五組。
こちらはヤクモ組、グラヴェル組、ラブラドライト組。そしてアークトゥルス組と、魔法使いだというモルガン。
上手く行けば一対一が五つ出来上がるだろう。
――モルガンって人は医者なんだっけ……?
戦闘に使える魔法も持っていればよいのだが。
今回の戦闘は状況が特殊だ。
人間同士の戦闘で、集団戦。
他都市の領域守護者を殺すという選択肢は互いに無いだろうが、無力化までは全力で行う。
連携という面ではおそらく、向こうに利がある。元より《
なればこそ、一対一を複数作り出すべき。
集団でより大きな力を発揮すると分かっている者達を、わざわざ群れさせておく理由は無い。
ツキヒはグラヴェルに肉体の操作を任せつつ、判断を下す。
――全員いける。
『両断』と『複製』を組み合わせることで、切っ先に触れたものを問答無用で真っ二つにする斬撃を、視界のどこにでも出現させることが出来る。
彼らの一人がヤクモを異形の《
だがグラヴェル組の『両断』まで知っているか。可能性は低い。移動中一度も披露していないし、予選決勝まで持っていなかった魔法だ。
アークトゥルスクラスならばまだしも、一介の騎士や一使節団員が知っているとは思えない。
だからこそ最初の一撃で意表をつくことが出来る。
剣や槍などの武器を照準、地面と平行に線を引くような抜刀。
その一刀が、全てを両断する――筈だった。
『……は?』
回避された。
五人全員にだ。ギリギリであったり、脇腹が裂けている者はいるが、武器破壊は出来ていない。
「甘いね」
一人の騎士がこちらに向かってくる。
グラヴェルはすかさず魔力防壁を展開したが、それは敵の
大量の魔力を消費する『両断』を五つも『複製』した直後だ。いくらグラヴェルが優秀な魔力炉性能を備えているとはいえ、咄嗟に高魔力の防壁は展開出来ない。
そこまで読んでの、魔力を纏わせた刺突。
『ヴェル』
言い終えるより先に、グラヴェルは『炎』魔法を敵に浴びせる。
――いや、それじゃあだめだ。
まだ魔力不足から抜けきれていない。
これでは敵が魔力防壁が展開した時、それを突破出来ない。
案の定、炎をものともせずに騎士が飛び出してきた。
「……私達と戦うレベルに達してないね」
落胆の声。
中性的な容姿の騎士だ。年の頃は十代後半か。仕草が洗練されている、育ちは良さそうだ。
だが、あまりに不愉快。
「あぁ?」
身体の支配権がツキヒに移る。
『……ごめん』
謝る必要は無い。
敵の練度を見誤ったのはツキヒだ。
敵は確かにツキヒの魔法を知らなかった筈。
だが魔力炉の活動に気を配っていたのだ。
目視範囲で膨大な魔力を感知すれば警戒するのは当然。更にはグラヴェルは実際に身体を操っての戦闘経験が浅い。だから『複製』箇所の確認が慎重になり過ぎてしまったのだ。
目線で狙いが、魔力の解放でタイミングが、それぞれバレた。
それでも全員が完全回避とはいかなかったが、ある程度の
超長距離での使用か、飛来物あるいは刀そのものに纏わせるならまだしも、先程のやり方はツキヒの誤りというほか無い。
敵を舐めていた、そういうこと。
修正しなければいけない問題点だろう。
それはそれとして。
「レベルがなんだって?」
「……ッ!?」
敵の動きが鈍る。
早朝には強過ぎる光が目を灼いたからだ。
「『光』魔法……いや、これは――」
『風』魔法で空気に干渉し、早朝の時間帯に合わせた淡い模擬太陽光を、乱暴に言えば束ねた。
それを騎士に照射したのだ。
少ない魔力で高速にことを済ませた。光であれば防壁も透過する。
それだけではない。光を調節したものを自分達にも浴びせた。
これで、敵はツキヒのいる前面全てに魔力を感じてしまう。
視覚と魔力感知をこの超近距離で乱されては、こちらの狙いなど最早読めまい。
「近づいてきてくれて、どうもありがとう」
膨大な魔力を感じても、避けられないならば意味はない。
「くっ」
敵が魔法を発動するより先に、ツキヒの一閃がレイピアの刀身を半ばから断っていた。
敵としては、隙を突いたつもりなのだろう。
体勢を整えるより先に、《カナン》の訓練生をなるべく傷つけず無力化しようとしたのだろう。
これが目の前の騎士の全力とは思わない。
だがそれはこちらも同じ。
「ツキヒ達と戦うレベルに達してないね」
代理負担の痛みに崩れ落ちる騎士を、ツキヒは冷めた目で見下ろした。
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