第219話◇湖面

 



「おぉ、来たか」


 当たり前だが、夜の都市は暗い。


 かつては、夜にも明かりはあったのだという。月や星々が夜空を彩っていたのだとか。

 今では想像もつかない。


 限られた場所にだけ、都市や個人が明かりを灯す。

 それ以外は真の闇に包まれるというのが、都市の標準的な夜。


 アークトゥルスの周囲は違った。

 光の粒が舞っている。


 それはヤクモがクリード戦で使用した魔法に似ているが、偶然だろう。

 強すぎず、だが闇を照らすには充分な儚い光の群れ。


 光に映し出されるアークトゥルスは、幻想的でさえあった。

 腰を下ろし、湖面を眺めている。


「遅かったな」


 その視線がヤクモに向いた。


「すみません、ちょっと色々ありまして」


「ほぉ、王に謁見することよりも優先すべきことがあるとはな」


 冗談めかして、アークトゥルスは言う。


 ヤクモは彼女の近くまで歩いていく。

 促すように彼女が頷いたので、隣に座った。


「小僧とすれ違ったか?」


「はい。ラブにも話があったんですね」


「まぁの」


 肯定するものの、それ以上何か言うわけでもない。


「綺麗ですね。光の粒がふわふわと宙を漂って」


「風情があろう?」


 アークトゥルスは時折ヤマト風の言い回しをする。ミヤビと交流がある、ということが関係しているのだろうか。


「えぇ」


「昔見た、ヤマトのホタルが丁度こんな具合に光る虫でな。よく印象に残っている」


「……アークトゥルスさん?」


「この都市をどう思う?」


 話題が変わってしまう。

 疑問をぐっと押さえ、ヤクモは応じる。


「見て回ったわけではないのでなんとも……。今のところは、美しくて活気があるなと」


「そうか。では越してくるがいい」


「……はい?」


「アノーソから聞いたぞ。貴様は家族の幸福の為に戦っていると。見上げた行いだ」


「ありがとう、ございます」


「この都市に移住するつもりはないか?」


「移住、ですか」

「ん? あぁ、引っ越し、転居、移動。なんでもいいが、此処に移り住むということだ」


「言葉の意味、ではなく」


 言葉の真意が、読みきれない。


「此処ならば、ヤマト民族に対する差別は無い。大会で優勝する必要もない。《カナン》で暮らしていくとなれば、《黎明騎士デイブレイカー》の報償全てを家族の生活にあてることになろう。それでも、家族が幸福ならば貴様は満足かもしれんな。だが、《カナン》で幸福を享受出来るのか?」


「…………」


 ロードとルチルに初めて逢った日でもある、あの日。

 家族が、みんなを快く思わない人々に嫌がらせを受けていたことを思い出す。


 《カナン》で暮らしていく限り、そういったことは避けられないだろう。


 それをなくす為にも、魔力炉を至上とする価値観の終了をヤクモ達は求めて。

 太陽を取り戻すと、覚悟を決めた。


 だが、此処に移り住むなら、その必要は無い?

 誰も捨てず、魔力無き者を保護するこの都市なら、家族は幸福になれる?


「それが、僕らをこの都市へ呼んだ理由の一つですか?」


「実際に目にしなければ信じられまい?」


「それは、そうですが……」


「移住にかかわる問題は全て余が受け持とう。何の心配も要らぬ」


「……その代わり、僕らはこの都市の《黎明騎士デイブレイカー》になる、と?」


「それだけではない。貴様の目は素晴らしい。正確には、戦闘スタイルか。魔力が無くとも戦える証明だ。ヤクモ、貴様には志望者への稽古も頼みたい」


「稽、古」


「《カナン》では無理だろう。魔力を扱える者でなければ学舎に入ることさえままならん」


 確かにその通りだ。兄妹が入学出来たのだって、《黎明騎士デイブレイカー》であるミヤビ組の力添えがあったから。


 逆に言えば、ミヤビ組程の人間が推薦しなければ、魔力無き者は学舎の門を叩くことさえ出来ないということ。


「魔力無き者が年々増えているのであれば、それに適応せねばならない。魔法を扱える者だけが戦うのではなく、かつてのサムライさながらに己の技を頼りに戦う者を育成すべきだ」


 魔力無き者を役立たずと断ずるのではなく、他の道も示す。

 《アヴァロン》のその姿勢は素晴らしい。


「アークトゥルスさん」


「貴様ならば適役だ。貴族的な暮らしではなく、愛する者の平穏な生活をこそ望んで戦う騎士よ」


「アークトゥルスさん」


「アサヒを呼ばなかったのは、妹の前だと言えぬこともあろうと思ってのことだ。もちろん後でやつにも話すとも」


「質問を、してもいいですか」


「ん? あぁ、許す」


 聞いた限りでは、悪い話ではないように思う。

 ただ、聞いていない部分が確実にある。


「その話を引き受けたとして、魔力の綻びを見る能力は簡単に身につくものではありません。壁の外にいたから、助けが無かったから、僕らは死に物狂いで身につけたけれど、そうでなかったら十年あっても足りないかもしれません。十年あったところで、何組そういった戦士が生まれるかも定かじゃない」


 アークトゥルスも、そこまで愚かではないだろう。

 求めているのは本当でも、それだけを求めているというのは嘘だ。


「それに、根本的な問題が解決しない。今の人類が魔力を求めるのは、それが無ければ太陽が輝かないからです。此処に移り住んで、周りの人がみんな親切でも、太陽が消えるなら家族を幸せにすることは出来ない」


「……それをなんとかする為にも、力を貸してほしい」


 まただ。嘘ではないが、全てを語っていない。


「アークトゥルスさん」


 ヤクモは彼女の目を見る。


「あなたの目的を、教えてください」


 その言葉に、《騎士王》は。



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