第211話◇開門




 それから、体感では数日。


 『光』属性魔法があるとはいえ、果てのない闇の中をひたすらに進む都市間移動は、特に時間と空間の感覚が狂いやすい。


 その為、壁外の村落は壁のすぐ近くではなく、漏れた光のあたる箇所まで離れたところにつくられる。


 そうして、時間感覚や空間感覚、生活リズムが崩れないようにしていたのだ。


「見えてきたぞ」


 何度か休憩を挟んだものの、アークトゥルスは最後まで一人で全員と荷物を運んだ。

 驚嘆すべき魔力量と精神力だ。


 極度の集中という意味では兄妹も三日三晩戦い続けたことがあるが、終わった後はあまりの疲労に立っていることさえ出来なかった。


 だがアークトゥルスは、直接戦闘には参加しなかったとはいえ微塵も疲れを見せない。


 何度か《アヴァロン》の者達に按摩マッサージをさせたくらいか。それも部下の申し出を受け入れたというだけで、彼女がそれを必要としたわけではない。


「え……兄さんあれって」


 日照時間らしく、模擬太陽光が漏れ出ている。


 第四人類領域《アヴァロン》。


 それを囲む純白の壁には――門が見えた。


「門……?」


「あぁ、建設順が遅かったことと、その頃に技師を欠いた関係で昇降機がとりつけられなかったのだ」


「……昇降機など無粋です。城砦への入り口は門と決まっていましょう」


「ヴィヴィアンはいつもそう言う」


 アークトゥルスが楽しげに笑う。


「後から取り付けようとは思わなかったのか。防衛の観点からすると、危険だろう」


 ラブラドライトの意見は尤もだ。


 門を設置すると、その箇所はどうしても壁面部分より強度の面で劣る。壁が魔族の侵入を阻む為にあることを考えると、弱点をそのままにしておくのは好ましいとはいえない。


「仮に技術的な問題をクリアしたとしても、門を塞ぐ程の『土』属性の遣い手などそうそうおらん。ヘリオドール組ならば可能だろうが、あれを借りるのは難しいだろう。叶ったとして、どれだけ大きな借りになるか分かったものではない。まぁそもそも、このままでよいのだ」


「それはどうして」


「敵対者が《アヴァロン》の門をくぐることは無いのだから」


 自信、というより信頼か。

 留守を任せるに足る実力者を残してきた。彼らならばどのような敵が現れようとも門を死守する。


 アークトゥルスはそれを知っているのだ。

 しばらくすると《騎士団》の制服に身を包んだ《班》規模の集団が近づいてきた。


 構造物の上に飛び乗ると、アークトゥルスの前に膝をついた。


「ご帰還、お待ちしておりました」


「なんだ、寂しかったのか?」


 アークトゥルスのからかうような言葉に、隊長らしき壮年の男性が唇の端を笑みの形に歪める。


「私だけでなく、全ての民が」


「むふふっ、そうかそうか。後で顔を見せてやらねばな」


 アークトゥルスは嬉しそうだ。


「みな喜びます」


「喜ばせてやろうではないか。では先に戻る、貴様らもそろそろ任務に戻れ。守りを頼んだぞ」


「はっ」


 構造物から飛び降り、防衛に戻る騎士達。


 《カナン》で言うところの『白』のような役目を担う騎士なのだろう。

 それからもうしばらく進み、巨大な門の前へ。


 巨大な門の下部に、幾分高さと幅が控えめになった門が作られている。人の出入りに使われるのはそちらなのだろう。


「上の方はどんな時に使うんだ?」


 ラブラドライトが怪訝そうな顔をしている。


「何を言っている。格好いいだろうが」


「我らが王の仰る通りです」


 したり顔の王と、大きく頷くヴィヴィアン。


「か、かっこういい……?」


 理解出来ないといった顔をラブラドライトだが、追加の説明などは無し。

 実際にそれが理由かはさておき、二人は気に入っているようだ。


「ね、ねぇツキヒ」


「なにお姉ちゃん、そわそわして」


 ひそひそと、妹がツキヒに耳打ちしている。


「これってあれみたいだね、小さい頃に一緒に読んだ」


「それで分かると思う?」


「え……そっか……覚えてないかな……」


 しゅん……と落ち込む姉の姿を見て、ツキヒは狼狽える。


「待って、思い出せないとは言ってないじゃん。ほら……えぇと」


 アサヒの示した『これ』は門だった。

 しばらくそれを見上げていたツキヒは、しばらくしてから「あっ」と声を上げる。


「宝が眠ってる岩の扉?」


 ぱぁっとアサヒの顔が輝きを取り戻す。


「思い出してくれたの?」


「まぁ、うん……そんな嬉しそうな顔しなくても」


 妹が思い出を完全に忘れたのではないことが、嬉しいのだろう。

 そしてそんな姉の喜びが、ツキヒには照れくさいのだ。


「アサヒに聞いたことがあったかもね」


「寝る時に、たまに話しましたね」


 盗賊の集めた宝の隠し場所を見つけた主人公達だったが、部屋には人の力ではびくともしない大きな扉があった。

 その扉は、腕力ではなく呪文で開く扉だった。


「でもお姉ちゃん、あれはその……創作だから」


「それくらい分かるよ……。でもちょっと思うでしょ、ツキヒも」


「呪文で開くかもって? ツキヒはそういうのはないかな」


「……そっか」


「まぁ、でも! 魔法があるんだし呪文で開く門があっても不思議じゃないかもっ?」


 アサヒがツキヒに甘いのは分かっていたが、逆も同じらしい。


「そうかな?」


「う……ん。そ、そうだ王様。そこのところどうなの?」


 話を振られたアークトゥルスは「うっ?」と困ったような声を出す。

 アサヒのきらきらした眼差しに気付いてか、「呪文などない」と言い出せない様子。


「まぁ? 《アヴァロン》はロマン溢るる都市であるから? 門の開閉一つとっても、そういうあれがあるようなないような?」


 アークトゥルスは助けを求めるようにヴィヴィアンを見た。ヴィヴィアンは頷きを返す。


「呪文で開きます」


「ヴィヴィアン……? その、ちなみにどんな呪文だったかの? 余、ちょっとど忘れしたというか」


「王のお言葉であれば、門は応えましょう」


 どうやら二人共、アサヒが幼心おさなごころに抱いた憧れを叶えてくれるつもりらしい。


 ただ、アークトゥルスは咄嗟のことに何も思いつかないらしく、目をぐるぐるさせながら悩んでいる。


 アサヒはごくりと喉を鳴らした。


「……ごまが……いや……うぅむ……あー……た、『ただいま』!」


「っふ」


 基本無表情のヴィヴィアンが、顔を背けて口許を押さえている。

 言った後に自分でも『ない』と思ったらしく、アークトゥルスは赤面した。


 ――なるほど、慕われるわけだ。


 客人とはいえ、よく知りもしない少女のささやかな夢を叶えようと、全力で考え、行動に移す。

 それを日々、都市の民の為にしているなら。


 そんな人を嫌いになるのは難しい。


 ラブラドライトさえ、この時ばかりは口を挟まなかった。

 そして、狙いすましたかのように門が開いていく。


 偶然だろうが、いいタイミングだ。


「わっ、開いたよツキヒ」


「……だね。さすが王様」


 嬉しそうなアサヒと、苦笑混じりに応じるツキヒ。

 赤い顔でごまかすような咳払いをするアークトゥルス。


「あ、《アヴァロン》の者以外に真の呪文を教えるわけにはいかぬゆえ、普段と異なるものを口にしたのだ。勘違いするなよアサヒ。真の呪文は……とても格好いい」


「言葉だけで門を開いたさっきの姿も、充分格好良かったですよ」


 アサヒも何も、本気で信じているわけではない。気持ちを汲んでくれたアークトゥルスの気遣いが嬉しいのだ。


「そ、そうか? そうだろうそうだろう」


 一転、誇らしげに胸を張る《騎士王》。

 そして都市の中へ視線を向ける。


「改めて、貴様らが《アヴァロン》に足を踏み入れることを許可しよう」



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