第210話◇方針




 《騎士団》の団員達はよく統率がとれていた。


 『白』の正隊員と遜色ない練度で、魔獣の群れ相手にも冷静に立ち回っていたように思う。


 ヤクモとラブラドライト組は邪魔にならぬようフォローに徹した。


 ヤクモは魔力の綻びを視ることが出来るが、乱戦の中でそこかしこを駆ける魔獣の魔力防壁を全て読むのは不可能だし、視界に映る範囲に限定しても集中に掛かる負担が大き過ぎる。


 たった一人で村を守っていた時ならば無理もしたが、今は共に戦う戦士が多くいる。不必要な消耗は避けるべきと判断。


 また、ラブラドライト組は決して優れているとはいえない魔力炉性能を考慮してか、雪華を一つだけ作って操っていた。


 だからといって手を抜いているかと言えば違う。魔力防壁はより高い魔力でしか破れない。その点をよく理解しているラブラドライトは、作り出した一つに多くの魔力を注ぎ込んでいた。


 それを的確に魔獣の頭部に打ち込んでは移動させるを繰り返したのだ。


 そして、グラヴェル組は。

 巨大な風刃を放ち、群れの半数以上を一度で真っ二つにした。


 ほどなくして、戦闘は終了。怪我人もいるがあくまで軽傷。


「ご苦労だったな。怪我をした者には『いたいのいたいのとんでいけ』をしてやろう」


 怪我をして歓喜の声を上げる者と、無傷で戦闘を終えたことを嘆く者に二分される《騎士団》の面々。


 面白い人達だな、とヤクモは苦笑。

 すると、人間状態に戻ったツキヒがラブラドライトに聞こえるように言う。


「才能にあぐらをかいた魔法を打つとスッキリするなぁ」


 先程のラブラドライトの皮肉に対する意趣返しに、言い返された本人はぶすっとした顔を見せはしたものの、更に言い返すことはしない。


 ツキヒの刺々しい反応は自身の性格もあるが、ラブラドライトが姉への失礼な態度を謝罪していないことが大きな理由だろう。


「ラブ、ツキヒはあぁ言ってるけど……」


「フォローは不要だよ。僕も基本くらいは理解している」


 大前提である魔法適性はどうしようもないが、才能があればそれは努力で伸ばすことが出来る。

 ツキヒのような広域に影響を及ぼす大きな魔法は才能だけでは打てない。


 筋肉のように、必要な能力を繰り返し使用することで鍛えられるが、それが不可欠な域。


「それに、僕が憎んでいるのは才能ではないよ。才能を持たない者への不寛容と、才能を持つ者の在り方だ」


「ツキヒの在り方は、憎しみの対象になるのかな」


 ヤクモは問う。


「人は変わる。確かに以前よりはマシと言えるかもしれないね。だが、それがなんだというんだ。才能があったから捨てられた姉を守れた。凄いな。死に物狂いで努力して姉を護った。尊い行いだ。けれどヤクモ、君なら分かるんじゃないか? 大切な者にただ生きていてほしいだけなのに、何故命がけで戦わなけれならない? 何故才能を持った上で努力しなければ家族を失う?」


「…………」


「彼女の才能や努力を否定しているんじゃないんだ。そうでもしなければ姉一人生かせない仕組みが、僕は嫌だ。なぁヤクモ、じゃあどうすればいい。飛び抜けた才能は無く、幼いながらに壁の外に出る権力もコネも無く、努力するにも正しい方向性を示してくれる師がおらず、毎日『青』の連中に尋ねても無視されるだけ。もし、そんな少年がいたとして。大切な人をどう守ればいい? どうするのが正解だった? 正解はあったか。僕は何か間違えたか?」


「…………いや」


 何も間違えなくても、最善の道を選んでも、こぼれる命はある。

 ヤクモの父が母と息子の二択を迫られたように、愛する者を全部救える選択肢がそもそも与えられないこともある。


 ラブラドライトは、その人工的な絶望に襲われた。


「羨ましいなどとは口が裂けても言えないよ、僕はそこまで恥知らずではないからね。それでも、ヤクモ。僕もそこへ行きたかった。違うな、そこへ行く必要のない世界であってほしかった」


「誰も、壁の外へ捨てられない世界?」


 それは、師と兄妹の最終目標。

 応えず、ラブラドライトはアークトゥルスを見る。


「《騎士王》、訊きたいことがある」


「うむ、許す」


「《アヴァロン》に追放者はいるのか」


「余の都市にそのような処分は無い。無いが、《カナン》を否定はせんよ。たまさか美しい乙女と出逢っただけだからの。非難する資格がそもそも無いでな」


 そう言ってアークトゥルスはヴィヴィアンを見る。ヴィヴィアンは無表情だったが、どことなく機嫌がよさそうに見えた。雰囲気が和らいだような気がしたのだ。


 説明に関しては後半が理解出来なかったが、ヤクモは少なからず驚く。


 ヤマト民族がいないとはいえ、魔力炉性能が低い者はどうしても生まれる筈だ。

 それでも壁外行きとなる者がいない? 魔力税はしっかりと存在するのに?


「魔力だけが人の価値ではない。腕力や体力に自信がある者、明晰な頭脳を持つ者、特定の分野において優れた能力を発揮する者。そういった者に関しては働き次第で魔力税の減額ないし免除を認めることにしているのだ」


「認められない者は?」


「『城』……貴様らで言うところの『タワー』が代理負担する」


「それは……」


 どんな者でも、都市で生きることが出来る。

 それだけ聞くと、まるで理想郷だ。


 そう、理想は理想。それを実現させるには、立ちはだかる現実が大き過ぎる。だから大抵は思うことしか出来ない。

 先程言った『乙女』と何か関係があるのか。


「その魔力をどう捻出しているんだ」


「乙女の秘密だ。この場合の乙女は余だ」


 先程の乙女とは違うということ。


「でも、誰かが出している」


 一部の魔力炉に恵まれた者達が、保護されるべき人用に魔力を蓄えているのだろうか。


「まぁ、魔石が降ってくるわけではないな」


「何故そんなことをする」


 《騎士王》は当たり前のことのように即答した。


「生きる権利は剥奪していいものではないからだ。生きる為に犯す罪は、家畜や魔族を殺めるそれだけで充分だろう」


 アークトゥルスはこうも続けた。


「だが《アヴァロン》を例に他都市を糾弾すべきではない。おかげでこちらは慢性的な魔力不足であるし、今は模擬太陽の日照時間を短くすることでなんとか対応している状況だ。《カナン》は非常用の魔石もあり、実際襲撃後は役立ったと聞く。人をただ囲えば偉いというわけでもなかろうよ」


 人類を追放する理由に資源の不足がよく挙げられる。全員を置いておく余裕がないから、役に立たない順に追い出すという理屈。


 ただアークトゥルスの話を聞くに、それだけではないという。


「魔法を持たぬ《偽紅鏡グリマー》や魔力炉不全に生まれる者が増えておるのだ」


 使わない能力は退化し、血は世代を経るごとに薄まる。

 本物の太陽光を失って以降、模擬太陽による日照時間は僅かずつ短くなっている。


 それはつまり、人が太陽光を浴びる時間が過去と今とでは違うということ。今の方が短いということ。そして今後も短くなり続けるだろうこと。


 太陽光を浴びることで魔力炉は活性化する。だが太陽が輝く時間は短くなる一方。必然的に人が一生に魔力炉を活性化させる時間は短くなる。


 それが長い時を掛けて悪化し続けたことで、人類の中に魔力炉を上手く機能させられない者が増えてきた。そういった者が生まれてくる確率が上がった。


 そして《偽紅鏡グリマー》に関しても、最初に実験で生み出された者達の血は希釈されてしまっているだろう。それが魔法ゼロの子供が生まれる理由の一端となっているのか。


 確かに、追い出されるのはヤマト民族だけではないし、病人や怪我人だけではない。


「どちらにせよ、このまま太陽が戻らねば人類は緩やかに滅びることになるだろうな。それを理解しておるから、《カナン》には『光』があるのだろう」


 太陽を取り戻すことを目的にした組織。

 発足した理由には、危機感もあったのかもしれない。


「遠い滅びより先に、対応すべきことがある。魔力を貯めながら、追放者もなくす方法はある筈だ」


「貴様はそれを実現する為に戦うのか」


「あぁ。青いと笑うかい、《騎士王》」


「笑わんさ。笑うものか」


 大会本戦は特に都市の注目が集まる。


 ラブラドライト組はそこで並み居る天才達を、彼ら自身の武器を以って、彼らに劣る才能で打倒するつもりなのだ。


 それによって、何かを伝えるつもりでいる。何かを変えるつもりでいる。

 アークトゥルスがこちらを見る。


 問われているような気がした。


 ――それで、貴様は何の為に戦う?



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