第203話◇王様

 



 扉を叩く音に、兄妹の視線が玄関に向けられる。 


「誰だろう?」


 来客の予定はない。


「無視しましょう」


 アサヒが冷めた声で言う。


「いやいや」


「兄さんとわたしのらぶらぶたいむを邪魔はさせません」


「重要な要件かもしれないし」


「わたしとどっちが大事なんですか!」


 アサヒはまだ興奮している。


「どちらかを選ばなければならない状況なら、当然アサヒだけど」


 ヤクモとしては当たり前のことを言ったつもりだが、妹はだらしなく表情を綻ばせた。


「うへへ……」


 ご満悦の様子だ。

 表情がころころ変わるのは見ていて飽きないが、今は対応すべきことがあった。


「応対したらアサヒが消えてしまうわけでもないし、出るよ。……収まる様子ないし」


 こんこん。こんこん。こんこんこん。こんこんこんこんこんこん! という具合にしびれを切れしているのが伝わってくる。

 伝達員ではなさそうだ。彼らならば名前を呼ぶだろう。


「ちっ……邪魔者めぇ」


 忌々しいとばかりに舌を打つアサヒだったが、動き出すヤクモを止めはしなかった。


「今行きます」


 声を掛けてから、扉の前へ。

 聞こえていたらしく、音がやんだ。


 扉を開ける。

 扉から二歩ほどの距離を開けた位置に、見慣れない衣装に身を包んだ美女が立っていた。 


「…………?」


 違和感。

 とても美しい女性だ。透き通る水を思わせる清廉な青の瞳はヤクモを映し、金色の長髪は後ろで団子のようにまとめられている。

 だが、なんと言えばいいのだろう。


 遠い、、


 物質的な距離ではなく、向かい合った時に感じる心が。


「おい、どこを見ているのだ」


「え?」


 声は女性からではなく、下から。

 遅れて、ヤクモはその人物に気づく。


 というのも、小さかったのだ。


 十にも満たない童女に見える。


 女性のものに似た制服に身を包み、肩には袖なし外套マント

 腰に両手を当てて立腹の様子。丸みと弾力に富んだ頬は膨らみ、金色の毛髪は金糸のようにマントに垂れる程に長い。瞳は薄い青。


 そして頭頂部に冠が光り輝いていた。金色で、宝石も嵌め込まれている。


 見知らぬ服、冠、やや尊大に思える態度、そして顔を合わせることで分かる抑え込んでいる魔力の大きさ。


 ――いや、まさか。


 そんな話は聞いていないし、此処に来るとは思えない。


「なんだその呆けた顔は。あぁ、いやみなまで言うな。絶世の美女に相応しき余の美貌に見惚れたのだろう? ふふん、この《騎士王》を前にしてヴィヴィアンにばかり目を向けておるからなんたる不敬かと憤りかけたが、特別に許そう」


 得意げに鼻を鳴らす姿は、年相応の子供のそれ。


「なんですこのちっこいの」


 ヤクモの背中からひょこっと顔を出したアサヒが、ぽろっと溢す。


「……貴様、今なんと言った?」


「あなた、その魔力……」


 遅れて気付いたアサヒが怪訝そうな顔をする中で、童女の表情は不快気なものに変わっていた。


「アークトゥルス様」


 しかしそれが怒気として表れる前に、女性が名を呼んだ。


「なんだヴィヴィアン。余はこの不届き者に他者への敬意というものをだな――」


「約束もなしに押しかけ、名乗りもしない者が、敬意を語れましょうか」


「うっ」


「ましてや、王は魔力反応を抑えておられる。お二人からすれば突然部屋を訪れた謎の童女と麗人でしかないのですよ」


「……童女って言うな」


 ちゃっかり自分を麗人と言うあたりは、触れない方がいいのだろうか。


「アークトゥルス様」


「分かった! あぁ、余が悪かった! では改めて!」


 おほん、と咳払い。


「我こそは第四人類領域《アヴァロン》が《騎士団》の頂点に座す《黎明騎士デイブレイカー第一格、、、《騎士王》こと――アークトゥルス=レアである……ッ!」


「そのつるぎ――ヴィヴィアンと申します」


 ヤクモの想像は的中してしまった。


 アノーソとの会話でも出た、《ヴァルハラ》奪還の功労者。


 だが、驚かなかったと言えば嘘になる。

 第一格ということは、実績の点で兄妹の師であるミヤビ組を上回っているということ。


 そのこと自体は知識として知っていた。


 《騎士王》《朧鋒鋩おぼろほうぼう》《黎き士》《熾天使》《夜叉姫》《道化》《地神》の七組こそが現代の《黎明騎士デイブレイカー》であり、ヤクモ組は承認されればその末席に加わることとなる。


 登録名、あるいは異名。《カナン》においては各学舎の訓練生上位四十名にのみ与えられるもの。


 基本的に、同都市で過去に使用された名称は用いられないことになっている。

 意図的なものを除いて。


 だが《アヴァロン》には過去幾度となく《騎士王》を冠する《黎明騎士デイブレイカー》が生まれた。

 つまり意図的に同じ名を与えているわけだ。


 そして、《導燈者イグナイター》の名は常にアークトゥルスであり、彼女が振るう武器の銘も変わっていないのだとか。


 《騎士王》がいる間は、第一格は常に彼女達。

 それだけ飛び抜けた戦果を齎しているのか、あるいはこれまでの《騎士王》の実績も加味されているのか。後者であるとすれば、その理由は何か。


 気にならないとは言えない。

 しかも、当代はまだ幼い子供にしか見えないのだ。《カナン》であれば学舎にも入れない年齢だろう。


「ヤクモ=トオミネです」


「その愛刀、アサヒ=トオミネです」


 とはいえまずは、名乗られたのだから名乗り返さねば。


「うむ。余のことはアークトゥルス様かあーちゃんとでも呼ぶがよい」


「あーちゃん」


 思わず口に出してしまうヤクモだった。


「落差が凄まじいですね。敬称と愛称って……」


 アサヒも困惑気味に頬をひくつかせていた。


「冗談だ。好きに呼べ。貴様らは《黎明騎士デイブレイカー》なのだから」


「アークトゥルス様、そろそろお時間です」


「そうだったな。よぉしヤクモ、アサヒ! 互いに名乗ったところで本題に移るぞ」


 他都市の《|黎明騎士(デイブレイカー)》が兄妹の寮室に来た経緯も謎だが、ひとまず用件を聞かせてくれるらしい。


「貴様らを《アヴァロン》に招待する! 栄誉に咽び泣きながらついてくるがよい!」



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