第193話◇真意
「それで? あなたはどうなんです?」
アサヒの質問に、アルマースは首を傾げる。
「どう、とは?」
「兄さんやさっきの人には訊いていたでしょう。そんなあなたの目的はなんなんです?」
「意外です」
「はい?」
「隊長とイシガミ隊員以外の方にも興味を持たれるのですね」
ヤクモとツキヒのことだ。
「敵を知ることは戦いにおいて重要なことですから」
「その通りですね。ただ、私達は仲間では? 隊長はそのように言ってくださいましたが」
「兄さんは美女に甘いので」
「……アサヒ」
反論したかったが、妹のジト目に黙っておく。下手に否定すると彼女なりの論拠や実例を語られることだろう。
そうなると話が大いに脱線してしまう。
「確かに私は美しいとよく言われますが……。ですが、そうなると妙ですね。隊長は私の申し出を断られました」
「さっきエメラルドにも言ったけど、断ってはいないよ」
『光』をよく知らないと言っただけだ。
だから『白』に残るというだけのこと。
判断するだけの材料がないから、保留。
知ったところで、簡単に『白』を抜けようと考えるかは分からないが。
「そうでしたね。明確に拒否されてはいませんでした。大会でより好成績を残した側が、相手を引き抜くことが出来るという約定を交わしたのです」
「へぇ? わたしは聞いてませんけど?」
妹の笑顔が怖い。
「それに関しては、返事をしていないよね」
「……そうでしたか。そうだったかもしれません」
ふいっと視線を逸らすアルマース。
あわよくば約束したことにしてしまおう、とでも考えていたのか。
「どうでしょう、トオミネ隊員。よい条件ではないかと思うのですが」
「どこがですか?」
「実は、私は第一位なのですが」
「実は、それは知ってます。さっきも聞きましたし。予選三位通過なのもバッチリ知ってます」
「えぇ、準決勝でスワロウテイル組に敗れまして」
表に出していないだけかもしれないが、その説明に悔しさは滲んでいない。
「観てました、兄さんと。イチャイチャしながら」
「してないよ」
だが試合を観ていたのは本当だ。ヤクモ達は可能な限り試合を観戦していた。
ラブラドライト=スワロウテイルとそのパートナーは学内ランク第四十位にして一位通過という点で、ヤクモ組と同じだ。
領域守護者の評価は《
遣い手と武器を合わせて領域守護者ということで、総合的に評価される。
たとえば『白』の学内ランク
ヤクモ組に至っては、本来四十位にも届かない最低レベルの評価を下されていた。ネフレンとの決闘を通して、風紀委の面々が手助けしてくれたこともあり、なんとか四十位の座を手に入れたのだ。
スワロウテイル組は、スペキュライト組やヤクモ組とはまた違った意味で『高評価に値しない』訓練生だ。
「『光』の第一位を己の《班》に引き込めるのです、よい話といっていいでしょう」
「でも、あなたはそうなると思ってない」
「はい」
アルマースは迷わず頷いた。
ヤクモ組を高く評価した上で、戦えば自分達が勝つと確信している。
「気に食わないです」
「ごめんなさい」
アサヒの言葉に対し、アルマースは素直に謝った。
それは不愉快にさせたことへの謝罪であって、前言の撤回ではない。
「……変な人ですね」
「不思議なことに、よく言われます」
「不思議なのはあなたの方ですから」
「私、卒校後に共に戦う仲間が欲しいのです」
「学舎で探せばいいでしょう。エリート校らしいじゃないですか」
「実力はともかく、志の面で問題がありまして」
『光』は努力家の天才が入校の最低条件といったレベルの学舎だ。
だがアルマースが言うには、それだけだという。
組織としての目標と、個人の目標が必ずしも一致するとは限らない。
何かを目指す組織があったとして、構成員の全員がそれを目指せるかと言われると疑問だ。金やその他のメリット目当て、という者がいてもおかしくはない。
長い時を経るにつれて、『光』にもそういう傾向が見られるようになった。
他の三つの学舎とは比べ物にならない、真の天才が集う学舎。
家格を高める為、箔をつける為に在籍するという者も多いのだとか。
天才で、努力を惜しまないが、
アルマースにとって最も重要な『太陽を取り戻すという意志』に欠ける者ばかり。
「……まぁ、想像出来たことですが」
ヤクモも、アルマースの説明で理解する。
ミヤビが『白』を選んだのは、兄妹を見つけて喜んでいたのは。
同志が簡単に見つかるようなものではないと、知っていたから。
あるいはもっと他に理由があるのかもしれないが。
職員ではなく、『光』の方針がミヤビと合わなかった、とか。
「誤解なきよう、真の勇者も数多くいます。ただ、既に《班》が完成されていたり……その、」
「あぁ、性格面で合わなくて追い出されたり?」
「ち、違います……。ほ、方向性の違いです」
アルマースにしては珍しく、歯切れが悪い。
「やはりその……《地神》のような方は中々見つからず」
確かに、ミヤビもヘリオドールのことは認めているように思う。太陽は分からないが、少なくとも壁の外側に出て人の為に戦える領域守護者だ。
「理想が高すぎるんじゃないんですか? 《
「売れ残ってないです」
ぷくりと片頬を膨らませかけたが、アルマースはすぐにそれを元に戻す。
「それで? どんな志を持ったらハブかれるんですか?」
「仲間はずれにはされていません。《班》を組む相手がいないだけです」
「ズレがあるから離れられるんですよ。悪いとは言ってません。それが何かと訊いているだけです」
アルマースは押し黙る。
「兄さんのは聞いておいて、自分のは話せないと?」
「話せないとは言っていません、ただ……」
「ただ?」
「経験上、あまりよい結果にならないと判断せざるを得ないと言いますか」
「馬鹿にしないでください。兄さんもわたしも、人の目指すものを笑うような無粋の輩ではありません。そのあたりも信じれずに勧誘したんですか?」
一瞬前まで全力でアルマースをからかっていたアサヒだが、大事なところは誤らない。
「大丈夫だよ、アルマース。笑わないし、馬鹿にしない。それに僕も気になるよ」
話を聞く限り、彼女は本気で太陽を取り戻したがっている。
ヤクモだけではない、ミヤビにとっても頼れる同胞になるかもしれない人物だ。
その決意の根源を知りたい。
兄妹をじっと眺めていたアルマースが、やがて意を決したように唇を動かす。
「私は――」
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