第192話◇不満
「断られるんですか、隊長」
会話に入ってきたのはエメラルドだ。
ヘリオドールの弟にして、《地祇》を冠する『青』の第一位。
「保留だよ、エメラルド」
薄い灰色の髪が風に揺れている。
「なるほど、保留。隊長は最初から『白』を志望されていたのですか?」
「そうだね。壁の外でずっと戦っていたし、特に考えずに決めたかな」
以前アンバーは安全重視で『青』を選んだと言っていた。
『白』の死亡者や、『赤』で面倒事に巻き込まれる可能性を考慮すると、確かに『青』で壁の縁に立ち監視作業に従事するのが安全に思える。
その考えはセレナの急襲によって壁の縁の『青』職員が軒並み殺害されたことによって変わっているだろうが、とにかく組織の決め方は人それぞれなわけだ。
ヤクモとアサヒは、師の所属だからということもあるが、別段疑問は抱かなかった。
怖くないからではない。
怖さを理由に壁の内にいようとは思えなかっただけ。
「僕は『光』の入校試験に落ちました」
驚く。
彼程の実力者が落ちるのか。
彼は二年だった筈だから、試験となると入学前まで時が戻るわけだから実力も今と差があるだろうが……。
「おそらく、都市は僕の能力を都市の為に使うべきと考えたのでしょう。世界を取り戻す為ではなく」
「……あぁ、大規模かつ正確な『土』魔法は貴重だ」
「えぇ」
壁に穴が空いたという非常事態から、畑の土の質の向上や建造物の創造・修繕など能力を発揮する場が戦闘に限らない。
『土』や『水』魔法を持つ優秀な領域守護者は戦闘以外でも貴重だ。
「加えて、壁の外へ出て都市を奪還、外部拠点を構築、魔人と戦闘なども、兄がいればいい」
兄であるヘリオドールは《
なるほど、彼が『青』に入ったのは、本人の意向とは関係のないところで進路を決められたから。
そうせざるを得なかったから。
今回の作戦に積極的でありながら『青』の訓練生だったのは、そういうわけなのか。
「フォールスさん」
「アルマースで構いませんよ。私達、もう仲間らしいですから」
ヤクモが先程言った言葉を受けての言葉だろう。
「では僕のことはエメラルドと」
「エメラルド」
「えぇ、はい。それで、アルマース」
「なんでしょう、エメラルド」
「僕はどうでしょう」
「健康そうに見えます」
「そういうことではなく」
「容姿の好みのようなものは無くて……」
「そういうことでもなく」
「ごめんなさい、質問は明確にしていただければと思います」
「ですね。そうした方がよさそうです」
「そう思います」
アルマースの独特なテンポに、真面目なエメラルドは困惑しているようだった。
やがて咳払いし、改めて言った。
「勧誘の権限を貴方は有しているのですか?」
「実は、私は第一位なのですが」
「それを知らない者はいないかと思います」
「そうなのですか?」
「おそらく」
「ではたとえば、あそこで上半身半裸で酒瓶を煽るこの都市の男性も私を知っている、と?」
都市解放の喜びではしゃいでいる中年男性を指差すアルマース。
「あ、それはないかと」
「? ですが知らぬ者はいないと先程……」
「失礼しました。《カナン》の領域守護者関係者であれば、と訂正させて頂きます」
「納得です」
「それはよかった」
「勧誘というより、推薦ですね。第一位である私の推薦があり、提示出来る実績が充分であれば、基本的に申請は通るかと。常識という程ではないですが、例年あることだそうですよ」
「なるほど」
エメラルドは一つ頷く。
「僕では、実力不足でしょうか。貴方に勧誘していただくことは出来ませんか?」
アルマースはエメラルドを見据えた。
「大変優秀な方だと思います」
「なら――」
「ですが、あなたを勧誘することはしません」
「……理由をお訊きしても?」
「貴方の目的はなんですか?」
「目的……」
答えを考えるようなエメラルドから、アルマースはヤクモへ視線を移した。
「隊長の目的はなんでしょう」
「家族を幸せにしたい、かな。その為に優勝して、その為に――太陽を取り戻す」
アルマースが、ほんの僅かにだけ唇を上向きにした。
エメラルドも、ヤクモを見る。
「笑いたければどうぞ。そんなもの吹き飛ばして、わたしと兄さんは勝ちます」
「いいえ、素晴らしいです。単純明快故に、迷いがない」
「……僕には迷いがあると仰っしゃりたいわけですか」
苦々しい表情になるエメラルド。
「エメラルド、貴方はこの世界に太陽と取り戻したいと考えていますか?」
「もちろんです」
「兄君に近づくことこそが、人生の目的にすり替わってはいませんか?」
「――――」
「背を追うことは問題ではないのです。憧憬を力に変えることも出来ますから。問題は、視点を固定してしまってはいないか、ということです。家族の幸福を望み、その為に太陽を取り戻そうとする。一向に構いません。けれど、兄に追いつきたい一心で、太陽を取り戻したいフリをするのは頂けない」
「……違います、僕は」
「心を理由に動くのはよいのです。ですが思いに囚われている者に命を預けようとは思えません。第一に、貴方は私と同じ《班》で戦いたいのですか?」
「…………」
「貴方からは、『光』に入りたい以上の心が見えませんでした。私から誘うならまだしも、そちらから声を掛けておきながらこちらに興味を持たないというのは、少し、傷つきます」
エメラルドは何かを言おうとしたが、俯いてしまう。
やがて、申し訳なさそうに顔を上げる。
「失礼なことを言いました。謝罪します」
「受け入れましょう」
「では……」
その場を去ろうとするエメラルドに、アルマースは声を掛けた。
「貴方がもし、心に抱える問題を解消する日がきたなら、その時は共に戦いたい相手の一人になるでしょう」
エメラルドは淡く苦笑。
「ありがとうございます。……慰められてしまいましたね」
「お気になさらず」
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