第170話◇看破
下りの昇降機が壁外側の大地へと到着。
再び隊員が全員揃う。
『白』からはヤクモ組、ラピス組、トルマリン組、コスモクロア組、ユークレース組、スファレ組、グラヴェル組。
『赤』からはネイル組、ルチル組。
『青』からはエメラルド組、ユレーアイト組、アンバー組、シベラ組。
『光』からはクリストバル組、アルマース組。
そして特級指定魔人・セレナ。
合わせて十五組と一体。
「ねぇ、眩しいんだけど」
セレナの魔力炉が収まっている部分はいまだ空洞だ。彼女にはそれを再生するだけの魔力がない。作り出せないから、無い。当たり前のことだ。
再生するには生物を殺してその魔力炉分の強化という恩恵を得るか、魔石を使うか。
隊員たちは前者を警戒していた。
それもあってかスファレ組を含む『光』魔法持ちが彼女の活動を遮るように光球を展開。
「ヤクモくぅん。みんながセレナを虐めるよぅ」
わざとらしく弱った声を出すセレナ。
ヤクモを含む全てを隊員が《
「ルチル」
ヤクモの私的感情と任務は切り離して考えるべき。
故に隊員の名前も呼びやすさ重視で呼ぶことにした。普段ならば無礼やもと考える場面だが、礼儀を重んじるあまりに時間を無駄にするなど馬鹿げている。少なくとも戦闘任務では。
『紅の瞳』第五位ルチル=ティタニアとは以前顔を合わせたことがあった。ロードとの巡回時に助けてくれた少女だ。
赤い
「たいちょう」
どこか幼さの残る、それでいて抑揚のない声で呼ばれる。
一瞬の判断が生死を分ける戦場に身を置く『白』では、序列が重んじられる。指揮系統を明確にしておくことでどのような状態でも混乱することなく動けるように、だ。
班長から命令があれば、班員はそれに即座に従う。考えるより先に動く。短縮された思考分がたとえ刹那より短い時だとしても、それによって命が救われることがある。
だが、どうやら上下関係をハッキリさせるのはどの領域守護者組織にも共通することらしい。
エメラルドに続きルチルもまた、ぽっとでの夜鴉が隊長に任命されたことに反発を示すこともなく素直に隊長と呼んだ。
学舎の教育の賜物というべきか、それとも……。
「かくにんのまえに、かくにんしていい?」
「? セレナの真意を『看破』するより先に聞きたいことがある、ということかな?」
彼女は非実在型の《
いや、厳密には非実在型ではないのかもしれない。
彼女の金色の瞳には幾何学的な模様が浮かんでいたのだ。
同調現象とは違う。《
ならばそれが、武器ということになるのだろう。
「そう言った」
「構わないよ。けれどどうか手短にね」
ルチル組は強い領域守護者だが、今回隊員に選ばれた大きな理由は搭載魔法の一つだろう。
『看破』だ。
看破と一口にいっても様々なものがある。
嘘の発言を聞くとノイズのようなものが聞こえるといったものや、紙に書かれた文章を見ると『主観性を排した客観的な事実』が浮かび上がってくるもの、見るもの全ての名称や用途・性能、生物であれば個体特有の情報や思考まで視界上に表示されるものまで。
初対面時でもルチルは心を読むような発言をしていた。
予選ではそれを応用し相手の思考を完璧に読むことで先手を取り続け、それが叶わない場合でも対処はこなしてみせた。
彼女は未来を見ているわけではない。現在を読み込むことで、望む未来を紡ぐべく行動を起こす。
ついた名は《現在視》。
彼女を前にしてはいかなる虚偽も意味を為さない。
信用できないセレナを任務に連れて行くというのなら、必須級の魔法使いだ。
真実のみを視る目が、ヤクモに向く。
「たいちょうは、ロードをどうおもう?」
ロードは『赤』の学舎第八位で、ルチルの巡回任務時のパートナー。頻繁に会っているわけではないが、出逢って以後も何度か顔を合わせている。
「僕のほうは、友人だと思っているよ。彼女もそう思っていてくれたなら、嬉しいのだけど」
今を見通す瞳は何を視たのか、それは彼女を満足をさせ得るものだったのか。
眠たげな視線は変わらず、瞳の中の模様だけが刻々と姿を変え続けている。
「ロードは、かわいい。やさしいし、さべつもしない。あたたかいし、やわらかい。いいにおいもするし、からだもやわらかい。りょうりもできるし、つよい。それにかわいい」
かわいいが重複している。
「きみがロードを大切に思っているのは、伝わってきたよ」
だがヤクモに何を伝えたいかは、いまいち分からなかった。
「おすすめのびしょうじょ」
「……えぇと」
「よめこうほに、どう?」
『……やっぱりあの女も敵でしたか』
アサヒが忌まわしげに声を上げた。
「《現在視》、貴様ふざけているのか? 戯言で隊長を煩わせるのはよせ」
エメラルドが戒めるように棘のある言葉を刺す。
「とても、だいじなこと。ふざけてない」
ヤクモはルチルとアサヒの言葉を改めて考える。
ロードはヤクモに好意的に接してくれるが、ルチルはそこに恋心かそれに近い何かを感じ取ったのかもしれない。
だから相棒の恋愛が成就する確率を上げようと、たまたま得たヤクモとの接点を利用することにした。
「ルチル。きみがロードを大事に思っていることは分かるよ。けれど今回のそれは、余計なお世話というものだ。きみとぼくの友人は、自分が為すべきだと考えたことは己で為せる。違うかな?」
ルチルは目を丸くした。
それから少し不機嫌そうに頬を膨らませる。
「ちがわない。よけいなおせわだった」
それから落ち込むように肩を落としてしまう。
励ますわけではないが、ヤクモは続ける。
「けど、きみが優しい人だということが分かって、それはよかったかな」
「?」
不思議そうに顔を上げるルチルに、言う。
「自分の大事な人の良いところをあれだけスラスラ語れるなんて、きみは温かい人だね」
ルチルは何を考えているか分からない瞳でヤクモを見上げ、それから襟巻きをずり上げて口許を隠した。
「……わたしをほめても、いみない」
か細い声は、照れているようにも聞こえた。
「ヤクモくーん? 鎖
「……それじゃあルチル、セレナに裏切る気が無いかどうか徹底的に視てくれるかい?」
壁の内で別の者に確認してもらったが、視れるのはあくまでその瞬間の真実。
壁の外に出たことで心境の変化があった可能性も捨てきれない。人間でさえ考えがコロコロ変わる者はいる。もとより気分屋傾向のあるセレナに至っては命を救ったその後に対象を殺すような気まぐれさえあってもおかしくなかった。
ルチルの役目は、彼女の監視役。
「なに見てんのさ、嫌な視線だな」
「……ぐちゃぐちゃしてる。殺意を隠す気がない。けど、実行に移すつもりもないみたい。『むかつくこともあるけど、新鮮で楽しい』って」
これまでの口調が嘘かのように、見通した内容をハッキリとした発音で語るルチル。普段と異なる視界への集中がそうさせるのかもしれない。
「『看破』持ちは嫌いだなぁ。魔法で相手を知った気になる馬鹿ばっかだから」
「よけいなおせわは、やかないことにする」
「あ?」
『……兄さんへの執着はやっぱり本物ということですか、いよいよもって忌々しい』
アサヒが存在を肯定出来る同性は基本的に妹くらいらしい。
「鎖を外すよ。魔石も渡す。改めて、僕らに協力してくれるかい? セレナ」
「気分は最悪だけど、ヤクモくんに免じて抑えることにするよ。なんてね。協力? うんうん、するよ。何度もそう言ったでしょう? いこっか、《エリュシオン》」
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