第143話◇掘削
ラピスのその魔法を、兄妹は以前に見たことがあった。
一瞬でフィールドを凍てつかせる魔法。
今回はそれに改良も加えてあったのだ。
義兄ロータスよりも、ずっと繊細な魔法操作技術によってそれは為された。
ヤクモが魔法の綻びを見ることを考慮し、氷は無数の『層』が折り重なったものとなっている。
その一層ずつが一つの魔法。
故に一つを切ったところで氷の檻から抜け出すことは出来ない。
仮にそれを試みたところで無駄。
その一層が想定外の崩壊を迎えた時、爆破が起こるようになっているのだ。
強大な氷の中に閉じ込められた状態で爆発が起これば、ヤクモに逃げ場は無い。
なんとか赫焉の粒子を膜状に展開。
擬似的な半球の防壁の中にいたことで意識はある。
『……第一関門は突破ですね』
ラピスの一瞬の魔法に対応出来るかどうかが第一の分かれ道。
それはなんとか対応出来たわけだ。
第二は当然、ここからどう出るか。
『まさに八方塞がりですよ。前も後ろも右も左も空さえ行けない』
「うん、だから下だ」
半球状の防壁が効果を発揮したということは、その表面をなぞるように氷結が奔ったということは。
ヤクモ達と同様、囲まれた僅かな地面もまた、無事ということ。
『うぇ……掘削ですか』
「地下壕が懐かしいね」
いつの時代からあったかは分からないが、都市の外には地下壕が幾つか存在する。
ヤマト民族の集落はその一つを利用して、魔獣からの襲撃を凌いでいた。
入り口を発見されてしまえば平気で雪崩込んでくるので、それを防ぐために誰かが見張り、必要とあらば戦わなければならないのだが……。
「大丈夫。アサヒがいればすぐさ」
『そんな風に頼られたら……嬉しいですけどね?
掘り進めた。
溝を刻んだ回転する円錐によって硬い部分を、柔らかい土に関しては純白の板に乗せては地上へ運ぶの繰り返し。
『これは……』
「地味だね」
ただ、ヤクモからすれば戦いは決して派手なものばかりではない。
むしろ、地味に堅実に、ということの方が多かった。
毎度毎度新しい作戦で、失敗すれば死ぬが頑張ろう、なんて方が異常なのだ。
これの場合、新しい上に地味なのでやや特殊なのだが。
『兄さん』
「あぁ」
魔力を探知出来なくとも分かる。
もうすぐだ。
ラピスの真下を通る。
そして。
「行くよ」
『承知』
フィールドの床を砕く。
飛び上がる。
「――――」
ラピスは驚愕。
だが振り返ることも間に合わない中、即座に氷壁を展開。
ヤクモもまた即座にそれを断ち切る。
粉雪のように散りゆく氷壁の隙間から、鎖の先端が伸びた。
ヤクモの胸部を狙った一撃。
紙一重でそれを回避すると同時に、ヤクモは空いている方の手で鎖を掴んだ。
自身に向かって引っ張る。
ラピスが体勢を崩し、前のめりになった。
鎖を掴んだまま距離を詰めようとしたが、中止。
パキパキと、鎖から凍結が迫っていたからだ。
鎖による攻撃が失敗した時点で、ラピスはイルミナをヤクモに斬られる可能性に晒された。
それは超えたわけだが、逆に言えばその可能性を押して攻撃しなければならない程に追い詰められていたということでもある。
立て直しはさせない。
彼女はまだ体勢を整えていないし、ヤクモは接近中。
爆ぜた。
「こ、れは」
ロータスの自爆とは違う。
だがまったく異なるものでもない。
攻撃用により洗練されたそれは。
まず、ラピスは前のめりになった。
この不安定な状態でヤクモの攻撃を回避することは出来ないだろう。
どうしたか。
彼女は僅かに接地している足で地面を蹴り、そして自分を押し上げるような爆破を起こした。
結果。
彼女は中空で一回転。
ヤクモが間合いに入った時、その頭部にラピスの踵落としが迫っていた。
――上手い、けど。
迫る足を切り落とすことも可能だと、ラピスなら気づけた筈。
そこまで頭が回らなかったなんてことは無いだろう。
だとすれば、これは囮?
自分自身の足一本を?
『リツさんです』
そうだ。
ラピスは爆破を手に入れている。
視線による位置指定。
今なら、ヤクモも指定範囲に収めることが出来る。
だがダメージを与えようと思えば、自分も巻き込む威力になってしまう。
いや。
――鉄球の方か。
ヤクモは赫焉を鎖に変え、ラピスの足を絡め取った。
空中で更に体勢を崩すラピス。
足のすぐ上に、鉄球の振り落としがあった。
足を切ったら、斬撃を終えたヤクモを鉄球が打つ。
仮に赫焉の防壁があっても、爆破で砕くという工程が加わるだけ。
刹那の攻防の中で、よく考えたものだ。
鉄球を繋ぐ鎖を断ち切り、まずはリツの無力化を。
と考えたその時。
ぐわん、と鉄球付きの連接棍がたわんだ。
『想像以上に器用なようです』
ラピスは足を引っ張られた状態で、左腕の鎖を地面に刺し、仮の足とした。
それで踏ん張り、連接棍を手元に引き寄せたのだ。
「言ったでしょう。勝つわ」
――強敵だ。
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