第132話◇衣装



 クリードの部下であるテルルという魔人は捕縛されたままだ。


 魔獣と同じように操るとまではいかなくとも、特級指定であり多彩な魔法を操るセレナであれば、対象から必要な情報を聞き出すことは可能なのではないか。


「怖いなぁ」


 セレナは楽しげにヤクモを見ている。

 舐め回すように、じろじろと。


「老いぼれを幸せにする為に人生を傾ける酔狂な男の子。魔人相手に闘志を失わない剣士。魔人でさえ協力者と認めれば人間扱いする切り替えの早さを見せたかと思えば、非協力的な魔人から無理やり情報を引き出すことも厭わない酷薄さも覗かせる。非合理で、無謀で、なのに合理的で冷徹な面もある。不思議だね、きみは。本当に、不思議だ」


 魔人は、強いから。

 とてもとても強くて、常闇のこの世界では更に強さを増すから。


 だから、気付けなかったのだろう。

 怯え、恐れ、震える。人間の弱い部分しか知らなかったから、ヤクモなぞが不思議な存在に見えるのだろう。


「そんなことはないさ」


 かつて、気が遠くなる程の昔。

 魔人がいてなお、人類は世界を手中に収めるところまで繁栄した。


 個体として魔人に優っていたわけではないだろう。

 集団として魔人に優っていたのだ。

 個々の武力で劣ろうとも、互いに補い合うことで強さと勝利を手にしてきた。


 無能な剣士と魔法を持たない刀が、合わさることで特級魔人にさえ届く強さに至ったように。


「きみはどんな生き物なんだい? ヤクモくん。気になって仕方がないよ」


「それを教えれば、引き受けてくれるのかな」


「あは。それもいいけど、今回は違うことにしよっかな。うん、そうだなぁ」


 セレナはしばし悩ましげな声を上げていたが、やがて一つに決めたのか、うんと頷く。


「セレナはブスが嫌いなんだよね」


 口から出たのは要求では無かった。


「……僕が知る限り、きみは女性というだけでのその言葉を口にしているようだけれど」


「うん。ねぇ知ってる? 遺跡って言うんだっけ? 人類領域を築く以前の人間の痕跡。そこでね、セレナは読んだことがあるんだ。『美』の判断基準はね、これまで自分が目にしてきたものの平均より上か下か、なんだって。最悪だと思わない? 醜いものを沢山見てしまったらさ、美の基準が低くなってしまうんだよ。だから、セレナはブスが嫌い。美の平均を下げる醜い存在が嫌い」


 セレナの言っていることの真偽はさておき、言いたいことは理解できなくもない。


「僕は、自分を美しいとは思わないけどな」


「どうして? きみは綺麗だよ。とても暗くて、なのに闇にさえ映える程に輪郭がはっきりしてる。真っ黒なのに、はっきり見える。だから手元に置いて、色んな角度から見たかったんだ」


 都市内でも、一部の裕福な者が宝飾品を見つけることがあるという。同じようなものだろうか。美しいものを手に収め、好きに扱える状態に置きたいという欲求。

 彼女からすれば、ヤクモや気に入った男性は宝石のようなものなのかもしれない。


「それで?」


「セレナはブスが嫌い。でもそうなると、ヤクモくんは気にならないかな? セレナの都市に女は生き残ってるのかって」


「――――」


 失念していた。


 アサヒとミヤビも驚いたような顔をする。 


 領域間の移動は容易ではない。だからこそ廃棄領域を奪還した時、生き残りがいるという点が大きな意味を持つ。人を運ぶ危険を犯すことなく、生き残りを中心に復旧を始められるからだ。


 だが、もしその都市で性別が片方に限定されていたら。

 子を為させない以上、その都市は一代限りで終焉を迎えてしまう。


 それを回避する為には、結局人の移動が必要になってしまう。


「間抜け……とは違うのかなぁ。きみは本当に、心から人を助けることしか考えてなかったんでしょう? 可愛いねぇ」


「……それが、きみの要求とどう繋がる」


「睨まれちゃった♡」


 ヤクモの一挙手一投足を、セレナは喜んでいる。

 観察し、快感を得ている。


「繋がるよぅ。ちゃあんと聞いてくれたらね」


「話してくれ」


「セレナはね、言い換えれば美しいものが好きなの。分かるでしょう? そういうことになるよね? だから、どれだけ本人がブスでも、美しい者を生み出す能力があれば、生かすことにしてるんだ」


「生み出す、能力?」


「そう。平均以下の見た目でも、平均以上のツガイを用意してあげれば、生まれる子は平均以上になるかもしれないでしょう?」


「…………っ」


 ぎり、と奥歯を噛む。

 なんて、悪趣味。


 だが同時に、その悪趣味のおかげで死なずに済んだ人々がいるという皮肉。


「後はそう、人ってくだらないことを気にするけど、その『気にする』方向によっては使えるんだよね。顔だけよくてもだめでしょう? 体型だけよくてもだめでしょう? 声だけ可愛くても、髪だけ美しくても、肌だけすべすべでも、だめだよね。何を身にまとうかで、印象ががらりと変わる」


「……服を作れる者は生かした?」


「正確には、美しい服を生み出す感性の持ち主だねぇ。靴でも帽子でも、アクセサリーでもいいけど。セレナを引き立てる何かを作れる子は、特別に生かしてあげたの。こういうところだけは、魔人より人間の方が向いているからね」


 身につけるものを気にする魔人など聞いたことがない。

 とにかく、魔人らしくない魔人であるセレナの担当都市でも、生きている女性はいるということだろう。


「で、話が戻るよ。セレナは、美しいものが好き。自分を美しくしてくれるものもね。普段は出来上がったものにあれこれ言うんだけど、うん。今回はきみに選んできてほしいんだ」


 ――ようやく、繋がる。


 ここまでの話は前置き。

 ついでにヤクモから色んな表情を引き出したかったというところか。 

 ともかく目的はこういうことだろう。


「きみに似合う服を、僕に選んでこいって言うんだね」


 奇妙ではあるが、難易度はそう高くない――わけもなかった。


「あ、でもセレナは可愛くなかったら可愛くないって言うし、美しくないものを貰っても嬉しくないよ。喜ばせてくれないなら、きみも喜ばせてなんかあげない」


 からかうように、こちらを見上げるセレナ。


「……この女」


 アサヒが忌々しげに睨みつけるが、セレナはどこ吹く風。

 廃棄領域を救う為に必要なことならなんでもするつもりだった。


 だが、まさか少女の衣装選びをすることになるとは。


「どうするヤクモくん。きみの在り方に反するようなお願いかな?」


 前回断られた経験から、早速学んだということか。

 ヤクモが慣れておらず、気乗りもしないが、それでいて断れないライン。


「……僕は、お世辞にも美的感覚に優れているとは言えない」


「だから?」


「……他の人の意見を聞くというのは、問題ないかな」


 困ったヤクモの顔を見て、彼女は満足げ。


「最終的に判断するのがヤクモくんなら、うん、いいよ。特別ね」


「……急ぐよ」




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