第100話◇劫風




「ほう、嵐の中を征くか。越えられるものならば越えてみろ、航海者ッ……!」 


 コスモクロアが叫ぶ。歓喜の声だ。


銀靴ぎんか


 ヤクモは走る。

 その動きは、とても嵐に立ち向かう者とは思えない。


 逆に、彼こそが疾風かのような速度。

 平時と同等とまではいかないが、高速であることは変わらない。


「……なんだ、その動きは」


 迫りくる風刃の幾つかを回避し、幾つかの綻びを斬る。

 ひゅうっ、と風の吹くような音と共に、斬られた魔法が散る。


千塵剣舞せんじんけんぶ


 粒子を粒子がまま嵐の中へ向かわせた。

 何も出来ることが出来ず、渦に巻き込まれてしまう。


 少なくとも、コスモクロアでさえそう判断した。


「何がしたい、何を起こそうとしている」


 警戒しつつ、好奇心を剥き出しにするコスモクロア。

 真剣勝負であっても、いや真剣勝負だからこそ、敵の全力は好ましいものだ。


 こちらの全力に、相手も全力で応えてくれる。

 腑抜けを斬ろうが強者を斬ろうが、勝利は勝利だ。


 だが、勝利に伴う実感は変わる。戦いの中で得られる充足感には差が出る。


 ヤマトの戦士は強いのだと、ヤマトは笑われるような存在ではないと、ヤクモは証明したい。


 その為には、全力の強者を倒さねば意味が無い。

 容易く崩れ去る砂の城の長になる気は無い。


「来い、ヤクモッ!」


 コスモクロアが鞭で地面を打つ。 

 ヤクモは疾走をやめない。


 嵐に飛び込む。

 粉微塵に刻まれる――ことは無かった。


 嵐が晴れる。


「――――」


 一番外側が、その次が、その次も次も次も次も次も。全て。

 ほどかれるようにして、消えてしまう。


 彼女の一瞬の驚愕を見逃さず、一息に距離を詰める。


 まず、ヤクモの動き。


 これは赫焉の粒子によって、靴の裏に滑り止め用の大釘スパイクを装着したことによって実現した。一歩踏み込み、大釘が床に食い込むことによって風圧による後退を防いだのだ。


 ただし、その繰り返しを疾走と呼べるまでの速度で実現出来たのはヤクモの修練の賜物だ。


 次に嵐の解体。


 赫焉で作ったものは、破壊されれば粒子に戻る。

 性質を変える程の崩壊を受ければ、アサヒの精神が傷ついてしまう。


 だが、どれだけ鋭かろうと極小の粒子を切り刻むことは出来ない。

 つまり、粒子の状態であればアサヒがダメージを受けることなく嵐に潜り込ませることが出来るのだ。


 移動する間、ヤクモはずっと嵐を見ていた。

 絶えず移動する綻びと、回転のパターン。


 魔法は秩序立ったものだ。一見規則性など無いように見えても、完全な混沌など有り得ない。


 そして、粒子はヤクモの意のままに動かすことが出来る。

 後は簡単だ。


 綻びの通り道に、粒子を止めておく。必要な数を揃え、タイミングを合わせて刃と化す。


 一瞬以上掛かれば刃が破壊されるが、それより先に魔法が破壊される。


『戦法が筒抜けなのは、そちらも同じなんですよ』


 こちらも同じように、対策は考えていた。

 肉薄するヤクモに瞠目しながら、彼女は即座に対応。


「だがッ、私とてッ!」


 ドーム状の魔力防壁が展開される。


『十二刀流、刀葬』


 十二振りの赫焉刀が宙に舞い、その一振りが魔力防壁の綻びを切り裂く。

 刃の群れがコスモクロアに殺到。


「邪魔だッ!」


 砕けた。

 空気を殴りつけるような音が響く。


 鞭の先端が音速を超える音、か。

 それと同時に、彼女を囲むように迫っていた赫焉刀の全てが砕け散った。


『形態変化で瞬間的にリーチを伸縮させているようです……神業ですね』


 一瞬で赫焉刀の位置を把握し軌道を予測。鞭を振り、予想軌道に合わせ伸び縮みさせたのだ。しかも刀が横合いからの衝撃に弱いことまで把握していた。


 一流の領域守護者は肉体の鍛錬も怠らない。武器の扱いも心得ている。


 彼女は五色大家の血筋に相応しい実力者だ。 

 両者の距離は既に、刃の圏内。


「私は高貴なる者の責務を果たす!」


 彼女は立派だ。憧憬の念に堪えない。

 彼女は《偽紅鏡グリマー》を同情していないのだ。


 ただ、今よりもずっと優遇されるべきだと本気で考えて実行している。

 下に見るのではなく、上に立つ者の責務としてそれをすべきだと考えている。


 それは、とても凄いことだ。


 一切の憐憫を含まない、純度百パーセントの救済。

 達成されるべきだと思う。


 それに比べてヤクモ願いは酷く個人的なものだ。

 家族を幸せにしたい。


 都市の価値観を変えようと努力する彼女に比べれば、あまりに矮小な願い。

 上に行くべきは、彼女のような人間なのだろう。


 だとしても。


 ――今年、この大会ばかりは、あらゆるものに優先して、この願い、押し通させて頂く。


 彼女の鞭が振るわれる。

 赫焉は間に合わない。

 雪色夜切の刀身に鞭が絡みついた。


 彼女が鞭を引く。

 刀は持っていかれない。


雪解ゆきどけ


 本体を粒子へと変換。鞭が戻ってから即座に刀へ戻す。


「――ッ!」


 コスモクロアが歯噛みした。

 トルマリン戦で見せた方法だが、ヤクモはそれを攻撃手段の追加という形で用いた。


 咄嗟の判断を強いられたコスモクロアは、ヤクモが一瞬の回避が為に使うことに頭が回らなかったのだ。


 再び鞭を振るおうとした彼女の腕が、空振った。

 鞭は既に無い。


 彼女のパートナーであるノエが、側に出現していた。

 砕かれた赫焉刀は、先程の一瞬では攻撃に戻れなかった。時間が足りなかったのだ。


 だが、ヤクモが鞭の一振りを躱したことで時間が稼げた。

 それによって再投入が叶った赫焉刀が、振りかぶった鞭を切り裂いたのだ。


 そして。


「終わりです」


 武器を失った彼女の首元に鋒をあてがう。

 魔法を展開する余裕は与えない。


「……サムライは、嵐さえ物ともしないのか」


「先輩は僕らを航海者と言いましたね。海の上を往く者と。聞いたことがあるんです、彼らは闇の海を、嵐の中を進む。孤独と恐怖の中、それでもあるものを見ると頑張ることが出来た」


「なんだ……?」


「灯台、というそうです。陸地を知らせてくれる、目印に光ってくれる、そんな塔。僕が嵐を越えられるのは、灯台があるから」


「はっ」


 コスモクロアは噴き出すように笑う。


「貴様にとって、それが妹というわけか」


「えぇ」


 ヤクモは堂々と頷いた。


 意識体の妹が大はしゃぎしているが、まだ勝負は終わっていない。

 まだギラついていたコスモクロアの瞳に、納得するような光が灯る。


「……確かに、きらきらと輝いて、眩いといったらない」


 一瞬、彼女はノエを見た。


「だがな、私の相棒も《黒点群》に劣らない。今回負けたのは、遣い手の差だ。私の灯台だって、輝いているのさ」


「分かっていますよ」


「そうか……なら、いい」


 コスモクロアが両手を上げる。


「参った。私達の敗北だ」


 学内ランク第六位《劫風》コスモクロア=ジェイド

 対

 学内ランク第四十位《白夜ファイアスターター》ヤクモ=トオミネ


 勝者・ヤクモ、アサヒ。


 三回戦、突破。



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