第98話◇権力




 五色大家の圧力は凄まじい? 

 大層なことだ。


 良いことを知った。

 ならば、自分達もそれにあやかろう、、、、、


 風紀委の仲間であり五色大家ジェイド家の血筋であるコスモクロアに連絡がつけばよかったのだが、それは出来なかった。


 彼女が風紀委に入ったのはそもそも、《偽紅鏡グリマー》への不当な扱いを取り締まる為。


 だが、言って素直に聞くような輩ばかりではない。

 時にはロータスのように言葉と暴力で《偽紅鏡グリマー》を傷つける者もいた。


 そういった者達を、コスモクロアは厳しく取り締まる。そう、あまりに厳しく。

 暴力沙汰と言えるまでに。


 そうして謹慎を喰らった彼女だったが、その期間は予選まで続いていた。開始に間に合わせようと、彼女は奉仕活動で謹慎分の懲罰を補填出来ないかと学舎と交渉した。


 結果、壁外任務に急な人員の抜けが出た際の代役を数度務めるということで落ち着き、そうやって彼女は予選出場を果たしたわけだ。


 それをまんまと利用された。

 おそらく意図的だろう。彼女は今朝既に駆り出されていた。


 『青』が壁外にて魔獣を確認し、『白』が討伐にあたる。しかし正規隊員が病欠。そこでコスモクロアに声が掛かったのだ。


 今、彼女は壁の外にいる。

 助けは借りられない。


「……わたしも柔軟なつもりですけど、兄さんには敵わないなって思います」


「褒め言葉として受け取っておくよ」


「その、ヤクモ? あまり急かすようなことを言いたくはないのだけれど、正門の前で何を待っているのかしら?」


 そう。


 一行いっこうは学舎の正門前に立っていた。


 ヤクモ組、ラピス組の他にトルマリン組、スファレ組、ユークレース組も合流していた。


 イルミナはヤクモが腕に抱えている。

 通り抜ける訓練生達が何事かと視線を向けてくるが、構わない。


 待っていると、来た。

 馬が、車輪のついた籠を牽引している。


 馬車だ。

 学舎は寮制だが、何事にも例外はある。


 五色大家は例外側の存在だ。


 ロータスも、コスモクロアも、そして――ルナも家から通っている。


 このように、馬車を利用して。


「は? なにやってんの、きみ達」


 下りてきたルナに、ヤクモは事情を説明した。

 それを聞いたルナは、うんざりした様子でヤクモを見る。


「いや、だから何って感じなんですけど?」


 一蹴。


「身の程知らずの世間知らず、きみ達揃って大間抜け。それで終わりじゃん? 勝手に負けてろよ。ルナになんか関係ある?」


「きみは五色大家の直系だろう」


「はぁ? だから……あぁ、そっか。あはは、ルナに権力振りかざせって? パパラチア家に屈した治癒持ちを更に脅して、無理やりその《偽紅鏡グリマー》を治させろって? そう言ってるの、きみ」


「そうだ。それが無理なら、まだ息の掛かっていない治癒持ちを紹介してくれるというのでも構わないよ」


「――はは」


 憐れむように、ルナは笑っている。


「え、なに? 何をどう考えればルナが頷くと思ったの? 知るかばーか。雑魚に雑魚に雑魚に雑魚に雑魚! 集まったって何も出来ないのはいいけど、だからってルナに縋りつかないでよ」


「恩は返すよ」


「あのさ、きみにしてもらうことなんて何一つ無いよ。恩を着せる価値もないんだって知らなかったの? 残飯貪る以外に出来ることもないくせに、何一人前ぶってんのさ、夜鴉が」


 アサヒが唇を噛み、ユークレースが一歩踏み出す。それをスファレとトルマリンが止めた。


「イルミナさんは《偽紅鏡グリマー》だ。何も思わないのか?」


「違う集落で雑魚が魔獣の餌になってるよ。何も思わないの?」


「……悲しいことだと思うよ」


「でも、別に助けに行かなかったでしょ。それと同じ。心は動かないよ、存在が遠いから。助けないよ、心が動かないから。もういいよね?」


 彼女が通り過ぎようとする。

 グラヴェルは何か言いたげだったが、黙って追従した。


 あぁ、断ると思った。分かっていた。

 そして、今の言葉が引き出せて良かった。


「一つ、言い忘れていたことがあるんだ」


「興味なーい」


「ラピス組とロータス組の勝敗に、アサヒを賭けた」


「――はぁ!?」


 ルナがバッと振り返り、ヤクモに詰め寄る。


「待っ、なっ、きみ、何言ってんの!?」


「ラピスが勝つと信じているから」


「ばっっかじゃないの!? ばか、ばか、大ばか! 武器はサムライの魂じゃないのかよっ、魂でギャンブルなんかすんなばか!」


「ツキヒ、わたしが構わないって言ったんだよ」


 アサヒの言葉に、ルナが苦しげに表情を歪めた。


 憎々しげとさえ、言える程に。


また、、そんなことをっ、、、、、、、。……ほんっっっっと、むかつくんだよ、きみ」


 ルナの動転ぶりは凄まじかった。


 周囲の者はわけもわからず事を見守っている。

 彼女は言葉とは裏腹に、アサヒを大事に思っている。


 それは魔人・セレナ戦で急遽駆けつけてきたことからも明らか。

 だが、性格なのか理由があるのか、それを表立って言えないらしい。


 でも、大事なことに変わりはない。


「このままラピス達が不戦敗になれば、アサヒはロータスのものになる。パパラチア家の所有物に。どうなるか、分からないきみじゃあないだろう」


「……こんのっ」


 ルナがヤクモを睨みつける。


 ヤクモだって、出来ればこんなことはしたくなかった。

 正々堂々、刀一振りで戦いたかった。


 でも、壁の中はヤクモが考えているよりも汚くて。それは正攻法では突き破れなくて。


 何かを大切に思う人の気持ちまで利用しないと越えられなくて。


「お願い、ツキヒ」


 アサヒが懇願する。


「お願い……? お姉――っ。きみが、ルナに、お願いって言ったの?」


「うん」


 ルナが、俯く。


「……ツキヒ」


 ずっと黙っていたグラヴェルが、そっとルナの手を握った。

 すぐに、ルナはそれを振り払う。


「ヴェルは黙ってて……!」 


 キッと、再びヤクモを睨む。


「どいつもこいつもばかばっか! ねぇ、そこの蒼雑魚」


「……それはわたしのことを言っているのかしら」


「きみ以外に蒼い雑魚がルナの目の前にいる? いないよね。じゃあ話すけど、そのばかメイドを治したら、パパラチアのばか息子を倒せる自信があるわけ?」


「あるわ」


 間を置かず、ラピスは頷く。


「絶対に勝てる」


「……負けたら、何がなんでも壁の外へ追い出してやるから」


「安心して頂戴。パパラチア家に逆らったんだもの、オブシディアン家の圧力がかかるまでもなく追い出されるわ。負けたら、だけれど」


「どこに安心すればいいかわかんないんだけど? まぁいいや、そのメイドを馬車に乗せて。あとはまぁ、蒼雑魚も。他は授業にでも出てなよ」


 ヤクモは小さく呼気を漏らした。


 他の者達は、何故ルナが心変わりしたかまだ理解出来ていないようだ。


「言っとくけど、ルナはきみなんかどうなってもいいんだから。ただ……えぇと、だから、その、そう! 《黒点群》をパパラチアにとられるのが嫌なだけ。どーせ起動出来なくて壊されるのがオチだよ。そんなの、ばかみたいじゃん。それだけだから!」


 咄嗟にしては、筋の通る言い訳だった。


「ツキヒ」


「ルナはルナだって言ってるでしょ! で、なにさ」


「ありがとうね」


「~~~~っ。きみの為じゃない!」


 ルナは御者に何事か伝えると、「さっさと乗せる!」とラピスを急かした。

 ヤクモがイルミナを馬車に運び、ラピスも乗る。


 グラヴェルは置いていくようだ。

 五色大家に邪魔をされたなら、五色大家の力を借りればいい。


 ヤクモにどうしようもないなら、ヤクモ以外の力を借りればいい。

 馬車に乗り込む前に、ラピスがちらりとこちらを見た。


「ありがとう、ヤクモ、アサヒ」


「感謝は治してくれる人と、ルナさんに」


「分かってる。でも、あなた達にも本当に感謝しているから。だから、やっぱりありがとう」


 兄妹は頷きを返した。

 馬車が出発した。



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