第21話◇説教
「んで、だ。そこのお前」
ミヤビが視線を向けたのは、ネフレンだった。
ビクッと体を震わせる彼女に向かって、師匠はずかずかと歩み寄っていく。
「立て」
「え、あ、う、はい……」
よろよろと立ち上がるネフレン。
ヤマト民族というネガティブなイメージを、世界でただ一組覆した《
「なんであんなアホなことした。お前の所為で同じ《班》の奴らにも、うちの弟子にも迷惑を掛けた。巡り巡ってあたしにもだ。なによりもまず、お前の《
ネフレンの行動は、自分についてきてくれる《
その次に、彼女を助けようとした者達も。
助かったからいいものの、戻れば懲罰は免れないだろう。
……その点はヤクモも同じなわけだが。
「…………その」
「いや、言うな。若い馬鹿はすぐ手柄を立てたがる。その意気やよし。だがな、『挑戦』は他人の足を引っ張らずにしろ。己の愚行のツケを同胞に支払わせるなぞ迷惑千万!」
「…………申し訳ありませんでした」
「声が小さい!」
「いひゃい……ッ!?」
頭突きだった。
衝撃の瞬間に舌を噛んだらしく、ネフレンは涙目になりながら痛みに蹲る。
あまりに予想外だったのか、《
「ネフレンさま!」
と、人に戻った三人の《
「あたしに謝ったって意味ねぇだろうが! まず《
ミヤビは圧に押されたのか、色々と限界な状態だったからか、ネフレンは声を上擦らせながら言う。
「……あ、アタシの愚行に付き合わせちゃって、ごめんなさい」
三人が驚いたように目を見開く。この場にモカがいたら、きっと同じ反応をしていただろう。
決闘も無しに謝罪させるとは、さすが師匠だ。
「うむ。じゃあ帰るぞ」
「……いや、師匠。まだ地面が冷めてないですよ」
魔法によって灼熱された地面からは煙が上がっている。
その上を歩けば、靴底などすぐに溶けてしまいそうだ。
「あたしゃ飛べるからなぁ」
「知ってます? 普通の人間は飛べないんですよ」
「あたしに関係あるか?」
ミヤビは楽しそうに笑っている。
「……分かりました。じゃあせめてネフレン達は連れて行ってあげてください。限界がきているようなので」
師の口角が上がる。
この人はいつもそうだ、とヤクモは思う。
常にこちらを試している。
応えられたり、予想を超えるととても楽しそうな顔をする。
「ほう。可愛い弟子の頼みだ、聞いてやってもいいが。お前らはどうする」
「どうにかしますよ。日に二度も師匠を都合よく使うわけにもいかないですし」
「ふぅん?」
しばらくこちらの顔を眺めていたミヤビだが、不意に頷いた。
「助けてもらうのが当然だと考えてるアホなら歩いて帰らせたところだが、合格だ。特別二組とも連れ帰ってやる。おい、小娘」
声をかけられたネフレンは言われるより先に立ち上がった。頑張って背筋を伸ばしている。
「……ネフレンです。ネフレン=クリソプレーズといいます」
「あ? クソリプレズ? けったいな家名だな」
「クリソプレーズ! です!」
「分かった分かった。で、クソリプレズの嬢ちゃんも再武装しろ。それなら二人運ぶんで済む」
「名前……。いえ、はい。すぐに」
彼女は重装備だが、実力者ならば形状をある程度変えられる。剣と盾を小さくすることで嵩まないようにしていた。
師匠は大太刀を鞘に納める。
《
振るう必要が無いなら、武装解除すれば済むからだ。
だが稀に鞘を持つ《
「うし。んじゃあ行くか」
ヤクモを左腕に、ネフレンを右腕に抱えたミヤビはニッと笑い、跳躍した。
爆発するような風が吹いた。いや、熱風なのか。空気を灼熱して、自分達ごと上へ上へと巻き上げている……?
メチャクチャだった。
「と、飛んでるっ!?」
ネフレンが驚きのあまり手足をバタバタさせている。
「あんま動くな。手が滑る」
「っ……!?」
サァっと顔を青くするネフレン。
真っ暗闇の空中移動では、地面さえ見えない。
今自分達がどの程度の高さにいるかさえ分からないのだ。
ヤクモはふと思う。
そういえばさっきから妹が静かだ。
「……アサヒ? どうかした?」
しばらくしてから、応えがあった。
『チヨさんは……すごい《
…………。
どうやらヤマトの《
「それを言うなら、師匠もだよ」
ヤマト民族的な欠点を、ミヤビは奇跡的に受け継がなかった。
彼女は魔力も豊富だし、それを操る能力にも長けている。
二人揃って規格外なのだ。
『……そうですけど』
「
アサヒの声はヤクモにしか聞こえない。
だが師匠もネフレンも、ヤクモの言っていることが分かるようだった。
ミヤビは獰猛に笑い、ネフレンは理解出来ないといった目をする。
『……とお、い?』
ミヤビは天才だ。チヨだって。その上努力まで欠かさず、実績を積み上げて《
彼女達はヤマト民族の希望。
でも、ヤクモ達にそんな奇跡は望めない。そもそも望んでなんかいない。
だって、自分にとってはアサヒこそが最高の武器なのだ。
「でも、僕らなら追いつけるよ。アサヒがいるなら、追い越せる」
本心だった。
ミヤビの魔法を見て凄まじいとは思ったが、絶望はしなかった。
自分には彼女がいる。
『兄さんは……ほんとうに、最高の兄さんです』
嬉しそうな声。
だが、まだどこか陰りの残る声。
「言ったな、おい。あたしを超えるだぁ? そういう生意気な口は、訓練生共の王様になってから言うんだな」
大会での優勝を言っているのだろう。
傲慢を窘める口調だが、喜んでいるのがまる分かりだった。
敢えて挑戦的に笑う。
「そうします」
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