第19話◇理由
「たすけに……アンタが、アタシ、を?」
ネフレンは信じられないものを見る目をこちらに向ける。
「そうだね」
「意味……わかんない。どういう……? アタシは、アンタを……なのに。助けに? 馬鹿なんじゃないの」
『助けてもらっておいてなんて口の利き方でしょうか、やはり捨て置けばよかったんです』
妹は怒っているが、ネフレンの言葉に悪意は無い。
あるのは戸惑いのみ。
「きみたちの言う矜持とは違うだろうけど、ヤマトの戦士にも絶対に守るべきものがある。ヤマトの人間は、仲間を決して見捨てない」
「……なか、ま」
呆然と、うわごとのように呟くネフレン。
「あぁ、僕はきみの考え方を好ましく思えないし、正直反りが合わない。だけど、きみも僕も《皓き牙》だろう。才能がある君なら、道は幾らでもあっただろうに、君はこの道を選んでくれた。魔物を倒す道を」
彼女は名家の出ではない。血統ではなく、偶然才能を獲得した者。
上昇志向に溢れ、実際に努力も実ったことで新入生にしてランク入りを果たした。
最も手っ取り早く手柄を挙げられるのは『白』だ。彼女は単にそういう理由で選んだのかもしれない。
それでも、壁の外に出て魔物を狩る存在のおかげで、壁の外で暮らす者の生存率が高まるのも事実。
思想は関係ない。この道を選んでくれたというだけで、尊敬に値する。
その尊敬を超える程の怒りを彼女が買い、決闘に発展したというだけ。
それが終われば、残るは一つだ。
「だから、僕たちは仲間だ」
「…………」
「さぁ、立ちなよクリソプレーズさん。帰るまでが任務だ。きみにも頑張ってもらわないと」
彼女はハッと我に返ると、首を横に振った。
「無理に決まってるじゃない。分かるでしょ。アタシの魔力は底を尽きかけてる。アンタはそもそも無い。終わりよ」
「僅かでもあるなら充分さ。言ったろ、きみに『も』頑張ってもらうって。頑張るのは、きみだけじゃない」
「だから、その……アンタがいても、壁までは戻れないでしょ」
「かもね。でも、他にもいるなら?」
彼女は訝しげに周囲を見渡してから、誰もいないことを確認。
意味がわからないという顔をする。
直後。
一際強い光信号が打ち上げられた。
「…………うそ、あれは」
『……なるほど、さすが兄さん。奴らの矜持を利用してやったわけですね』
「言葉が汚いよ。信用と言っておくれ」
ネフレンは独断専行で自身の命を危機に晒した。救助は成功の見込み低しとして実行されなかった。
だが、そこにヤマト民族の訓練生が危険を顧みず救助に向かった。
それを愚かと笑うことは簡単だ。壁内の一般人ならそう思って当然だ。
だが領域守護者からすれば違う。自分達が脳内計算で助けられないと判断した同胞を、ヤマト民族だけが助けようとしている。助けられると奴は考えている。
出来ない筈だ。だが、不可能とまでは言えない。もし、夜鴉が単騎でそれを果たしたら?
夜鴉が出来ることを、誇り高き《皓き牙》の人間が尻込みするなど矜持が許さない。
あるいはただ単純に、二人の訓練生を救おうとする者もいるだろう。
それだけではない。
冷静な判断を下せる彼らでも、同じ《班》となれば話は変わる。
他人の危機を看過出来ても、家族のそれは無視出来ないように。同じ組織の人間と同じ班の人間ではやはりどうしても扱いに差が出る。
ネフレンを引き取った《班》も最初は彼女を助けようとしていた。
そしてヤクモは風紀委と同じ《班》に所属している。
実際、光信号はスファレの魔法によるものだった。
完全に撤退せず、戦い続けている。こちらを助けようとしてくれている。
『とは言っても、思惑が外れる可能性も充分にありましたけどね』
「その時はその時だよ。アサヒを死なせることだけはしないさ。そして」
『わたしは、兄さんを死なせることだけはしません』
「うん、だから来たんだ」
『兄さんのそういうところ……ずるいです』
それに、他の誰もが自分達を見捨てていたところで、結果は変わらない。
ただ一人、絶対に自分達を見捨てない人が同じ戦場に立っているのだから。
ネフレンへ目を向ける。
「魔力防壁は僕が斬るよ」
「え、あ、うん。そこを、アタシが叩き斬る」
戸惑いながらも、やるべきことを受け止めるネフレン。
「魔法は極力使わないで」
「うん……」
「それでも壁まで辿り着くのは難しいけど」
「えぇ、幸い後続は無いようだし、他の奴らが注意を引いてる。戻る途中で邪魔な奴らだけを殺していけば……帰れる、かも」
壁までは持たずとも、仲間との合流は果たせるかもしれない。
「帰ろう。一緒に」
「……こんなの、まるで綱渡り」
「どうぞ、足を踏み外しませんように」
おどけるように笑う。こういう時は深刻な顔をして落ち込んでも仕方がない。
「……アンタって、変」
「そうかな」
「変よ。…………
人が変わったわけではない。ただほんの少し、意識に変化が生じただけ。
その少しが、夜鴉をヤマト民族と捉えるようになっただけ。
その少しが、ヤクモには嬉しかった。
「どうかな。でも、少なくとも蔑まれるような存在ではないと、僕は思っているよ」
「…………っ」
自分の言動を思い出したのだろう、ネフレンが表情を歪める。
『おやおや、後悔しているようですね。殊勝なことです』
彼女が何か言おうと口を開きかけたところで、先程ヤクモを囲んだ魔獣の一部がやってくる。
「話の続きは、戻ってからにしようか」
「…………あれ、アンタが連れてきたの」
ネフレンは口をぽかんと開けている。
「だね」
「それでよく助けに来たなんて言えたわね」
調子が戻ってきたようだ。
彼女は大きく深呼吸し、一度ゆっくり瞬きした。
「アタシは、強いの。優秀で、美しくて、成功者になる」
『上昇志向っていうか俗物ですねこれ。まぁ、変に気取っているよりは正直でいいのかもしれませんけど』
「だから、こんなとこで死ねない」
「じゃあ、生きないとね」
「うん。アンタもね」
「心配してくれるのかい?」
「こんなところで死なれたら、ぶっ飛ばせないでしょ。次はアタシが勝つんだから」
そういうことにしておこう。
互いに武器を構える。
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