六十六 鉄丈

 私を手代として重宝した代官は鉄丈の遣い手だった。

 代官という権威と鉄丈の力をもって目に止まった女を我がものとすることも珍しくなく、娘や女房を取られてもその親や夫は泣き寝入りするしかなかった。

 それでも、女房を渡さなかった男がいたが、この代官に濡れ衣を着せられたあげく鉄丈でさんざんに打たれて死んだ。

 その女房は天候の読み取れる女で、私を訪れては昔の文書を読みながら、打ち殺された夫とともに村の者に日照りや大水への備えや手立てを示していた。だから、村の者は皆この女房を不憫に思っていたけれど、女が好んで代官の側女になって誰もがそれを卑しめた。

 その年の夏のことだった。

 夕刻、雨が降り始めて遠雷が聞こえた。

 それに少し胸騒ぎを覚えながら、私は収支を報告するために帳簿を持って代官の部屋に行った。

 そのとき、

「雨か」

 縁側に立って雨雲に覆われた空を見上げた代官の背中を、女はいつのまに持ち出したのか、代官の鉄丈で力一杯打った。さすがに不意をつかれて前にのめった代官が振り向いて鉄丈を握り直す女を認めて、

「何をするか!」

 一喝した声に続くように二つ目の遠雷が響いた刹那、女は鉄丈で代官の脛を打つと、急に激しくなった雨の中、裸足で庭に飛び出した。代官は脛を押さえてそれへしゃがみ込みはしたけれど、それでもすぐに裸足で雨中、女を追って庭へ出た。

 雲間から稲妻が走ってしばらく雷鳴が響く。

 容赦なく降り注ぐ大粒の雨を振り払うように振り向く女が鉄丈を振り上げて待つ素振りを見せたところへ代官が迫ってまた雷光が暗雲を裂く。まだ雷鳴は追いつかない。

 それでも女が振り下ろす鉄丈を、足を引きずりながらも難なくかわして代官が、女の手から鉄丈を取り上げようとして稲妻が雲間を切って雷鳴響く。

 それが合図であったかの如く、代官が鉄丈を奪い返して女を打ってもう一度、振り上げたそれへ稲妻と同時に雷鳴が轟いた。

 たちまち鉄丈が雷神を招いて代官の体を一瞬にして焼き焦がした。

 私が駆け寄ったときには、女は代官の一撃で頭蓋を砕かれて息絶えていた。

 

 

 

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