五十七 油売り

 毎日商いに来る油売りは、油を売るついでに法螺も吹けば大風呂敷も広げる男だった。

 柄杓から油が切れるまで、油売りになる前は修験者でつむじ風を呼ぶことができるだの、帝の寵愛を受けた女が先祖にいるのでこの身はやんごとなき血筋を受け継いでいるだの、前世では天帝に仕えていただのと、己を偽る法螺話から、今はこうして油売りに身をやつしてはいるけれど、武芸百般一通り心得ているばかりか軍学心学儒教朱子学にいたるまで学問を修めているから、いずれどこぞの大名に見出されて重用される身だ、などと風呂敷話を聞かせてくれる。

 油を買いにくる客の中には、

「大名が見出してくれるのはいつだ? 修験者だったあんたならそれぐらいわかるだろ」

 と意地悪く問う者もあり、それには、

「この泰平の世にあっては、なまなかなことで世に隠れた才人を見出すことは難しい。いかに修験者であってもどうにもならぬ」

 そう答えて大笑する。

 たいがいの者は心の内で莫迦にしながら油を買っていく。

 ところが、こんな法螺話や大風呂敷が気に食わないという輩もいて、

「武芸百般何でも心得ているなら一つ御教授願いたい」

 と言って浪人が挑んだら、そいつに商売物の油をかけて、

「今は油売りでございますから、火遁の術をお教えいたしましょう」

 笑って懐から火打石を取り出した。

 それなりに機転の効く油売りに、

「別に銭を出すからつむじ風を見せてくれ」

 と言う者もある。

「つむじ風を起こせば多くの命が失われる。めったなことはできませぬ」

 いつもならそう答えてかわすところが、不意に起こったつむじ風に、

「つむじ風を起こせるならあれを収めることもできるだろう。人の命がかかっているんだ。すぐに止めてくれ」

 と口々に言われて油売りは少し困った顔をしたけれど、商売物の油はそこに置いてつむじ風に向かって駆け出した。

 人馬を巻き込みつむじ風はこちらに向かっていたから、人々は皆ちりじりに走って逃げた。

 しばらくしてつむじ風が収まったので皆がまた集まってくると、油売りは平気な顔で油を売っていた。

「少し手間取りましたが、収めましたよ」

 と、ぼろぼろの着物の上から左の肩を押さえながら笑って言った。

 戻ってきた客の一人が、

「どこかに逃げていたんだろ」

 嘲笑ったところへ天から腕が一本降ってきたから、みんな悲鳴を上げて腰を抜かした。

「不覚にも左腕を持っていかれました」

 そう言った油売りは、右手で押さえた左肩から夥しい血を滴らせていた。

「それでは油も売れまい」

 急いで私が血を止めて腕を接いでやっていたら、

「生きるとは、油を売るがごときもの」

 覚ったような顔をして油売りは語ったけれど、どこかの大名に見出されることなく死んでしまった。

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