四十一 首からくり
三人で芝居の真似事をしようと誘われて、私のうちに集まることになった冬の朝。
うっすらと積もり始めた雪の中を最初に訪れた者が、
「なんであんなものが落ちているんだろうな」
と首を傾げながら入ってきたので、何が落ちていたのか尋ねると、
「人形芝居で遣う、女のからくり人形の首だ」
と答えた。
近くに人形師の家があったから、大方、そこから何かの間違いで誰かが落としていったんだろう、ぐらいに考えて、
「見にいこう」
と私が立ち上がったところへもう一人、この芝居の真似事をしようと言い出した奴が駆け込んできて、
「大変だ」
と血相を変えて言った。
「何かあったのか?」
問うたら、
「女の首が転がっている」
と言う。
「それはからくり人形の首だ」
先にうちに来た者が笑ってそう言うと、
「いや、女の生首だ」
と言い張る。
いずれにせよ、三人で確かめて、人形の首なら人形師の家に届けて、もし女の生首だったら役人に知らせよう、ということで外に出てみると、二人が見たという辺りに、激しくなった雪をかぶりながら老婆が屈み込んでいる。
「婆さん、どうかしたのか」
私が声をかけると、風呂敷に何かを包み終えたところだったようで、何やら口の中で言いながら立ち上がると、頭を一つ下げて三人の前を通り過ぎようとした。
「その風呂敷の中は何だ」
生首が転がっていると騒いだ奴が詰問するように言うと、老婆は歯のない口を開けて声もなく笑うと、
「大事な首でございます」
と言った。
その老婆を人形師の家の前で見たように私が思ったそのとき、
「血だ」
という声で見ると、風呂敷包みから血が滴り落ちていた。血は、薄く積もった雪を赤く濡らしている。それで、生首だと言った奴がやはり居丈高に風呂敷包みを解いてみせろと迫ったら、老婆は困った顔をしながらもそれを開けて見せた。
中の首は間違いなくからくり人形の首で、血に見えたのは、どうやら芝居で使う血糊の袋が破れたもののようだった。
それでも、あの首は生首に違いなかったとしきりに首を捻っていた男は、芝居の稽古をしているうちに、急に高い熱を発して家に帰ったけれど、翌日、朝のうちにふらっと出かけたまま、行方が知れなくなった。
夕刻、人形師のうちへ老婆を訪ねたら、そんな老婆はいない、とそのうちの者は血相を変えて私を追い出した。
しばらくして人形師はどこかへ引っ越して、空き家を覗いてみたら、行方のわからなくなった男によく似た人形の首が、土間の隅に転がっていた。
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