二十八 夜行

 人が言うところの百鬼夜行に我らが加わることはありませんが、一度だけ、私はその列に並んで歩いたことがありました。

 それは、三味姐とか三味の姐御とか呼ばれた三味線を弔うための夜行でした。

 その三味線は、箱作りの職人をしておりました私が出入りしておりました三味線屋の先々代が扱ったものだそうで、これを購った娘と先々代が結ばれたという縁起物でもありました。先々代が三味線を商い、お内儀が三味線を教えて、三味線屋はずいぶん繁盛したそうです。二人の間に生まれた娘も、早くから三味線に親しんで母親とともに門弟を集めるようになり、その娘に婿を取ってこれが先代となりました。

 その娘がやはり婿を迎えて三味線屋を継いで私を贔屓にしてくれましたのは、先々代が扱って受け継いだ三味線の箱が壊れて、それで作った私の箱に、三味線がしっくり収まる、と喜んでくれたからでした。

 そのころから、その三味線には付喪神が宿っておりましたから、それがわかっておりました私の作りようがよかったのではないかと思います。

 この三味線の付喪神となりましたのは、元は娘の祖母、先々代のお内儀でした。言わば、孫娘の守り神でした。

 ところが、私が出入りするようになってまもなく婿が亡くなり、娘が独り身になったところへ、三味線を習いに来ていた門弟の一人が言い寄るようになりました。

 もちろん、娘はそんな男を寄せつけるものではありませんが、この男が質の悪い奴で、娘を手籠めにしようと刃物を持ち出したそうです。男はそれを脅しに使うつもりだったのでしょうが、娘が声を上げましたから野郎は刃物を振り回し、それを避けて転んだ娘の傍らにあったのが、この先々代から受け継いだ三味線でした。娘は思わずこれを抱き抱え、斬りかかる刃をこの三味線で防ぎましたが、棹は真っ二つに切り割られ、弾みで切れた糸が男の目を突き、それでそいつは逃げ出したということでした。

 娘は、二つになった三味線を泣きながら私のところへ持ってきました。

 私は何とかその棹を接ぎましたけれども、もう以前のようなきれいな音を奏でることはありませんでした。それで仕方なく私は桐の箱にその三味線を入れると、娘と連れ立って菩提寺に持っていき、懇ろに供養をしてもらうように頼みました。

 供養が済んで、改めて塚を建立しようという話になって、本堂に三味線を安置していたその夜に、どこからか集まった付喪神たちによって夜行が始まりました。

 桐の箱ごと担ぎ出された三味線…… いえ、三味の姐御は、付喪神たちに代わる代わる担がれてよもすがら、哀悼を捧げられて菩提寺に帰ってきます。

 浅からぬ縁ある私も担いで歩きました。

 ただ、夜中に隙を伺って三味線屋に押し入ろうとでもしていたのか、三味姐を切り割った男が潜んでいるところを見つけました。しかしそいつは夜行を見て腰を抜かしましたから、私は三味の姐御を担いだまま、手もなくその野郎の髷を掴んで一緒に引きずっていってやりました。

 付喪神たちも面白がってこいつを持ち上げて落としたり踏みつけたりしておりました。そのうち夜が明けて付喪神らの姿は消えてなくなりましたけれど、三味姐を切った男もいなくなっていました。

 付喪神らが、そいつをそれからどうしたのか、私は知りません。

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