二十四 藁人形師

 その老女は、藁人形師と申しておりました。藁人形と言いますと、怨念をもって人を殺める道具ですが、ここでその作り方や丑の刻参りの作法を講釈するまでもありますまい。

 なれど、藁人形で呪殺がすべて成就するわけでもありません。

 その藁人形師の言によれば、藁人形で呪い殺すことのできる者は、万人に一人いるかいないか、ということでございます。

 仮に、丑の刻参りを図った直後に相手が亡くなったとしても、それは偶然に過ぎないと言い切っておりました。まあ、己の商いの売り口上でもあるかと思いましたが、よく効くとの評判もあって、この老女に藁人形を作ってもらいたいと頼みにくる者は少なくないようでございました。

 それだけ、藁人形師の手になる藁人形の効験はあらたかであると言えますが、頼まれて藁人形を作る際に籠めた怨念は必ず還ってくるので、少しでも気を抜くとそれをまともに受けてこちらの命も危うくなるそうでございます。

 それで肋骨の一本にひびが入り、右の耳が聞こえなくなった、と藁人形師は言いました。

 さて、その藁人形師が最後に請われたのは、ある役者の許婚の呪殺でございました。惚れ合って末を誓ったけれど、その役者は師匠筋の娘と添うことになって捨てられた、という女から請け負うたそうにございます。

 ほんとうのところは、女が勝手にそうと思い込んでいただけのようで、本来ならば、そのような頼みを引き受けることはないということでございました。

 それでも引き受けたのは、幼いころに世話になったという方とのつながりがあったからだそうでございます。

 それで、藁人形師は常にも増して懇ろに精進潔斎して藁人形を作りましたが、やはり念の籠め方に齟齬ががありましたのか、病床に伏した役者の許婚は生死の境を彷徨うたあげく、息を吹き返しました。

 それで、女は、この藁人形師に捻じ込んでもう一度、藁人形を作らせたそうにございます。

 一度しくじった呪殺を同じ者が行えば、十中八九、己に怨念が還ってくる。

 藁人形師は、あなたもただでは済まなくなる、と釘を刺したそうですが、女は、だから高い金を払っているんだ、と憎々しげに申したそうでございます。

「金の多寡ではない。また、他の者が藁人形を拵えたとしても、二度の呪殺には己の命を賭す覚悟がいる」

 と説きましたが、その女はせせら笑うばかりだったということでございました。

 いたしかたなく、

「還ってくる怨念をすべて避けることはできないが……」

 と前置きをした上で、再度、藁人形を用いる呪殺の手順と、還ってくるであろう怨念を避ける手立てを丹念に教えたそうでございます。

「果たして、その女がそれを守っているか否やはわからない。わからないが、命までは奪わないでやってほしい」

 己の術の未熟を責めたのか、それとも本気で女の身を案じていたのか、藁人形師はそう言って、怨念を還しに訪れた私の手にかかって果てました。

 おそらく、そうした藁人形師の思いが呪殺の念を弱めたのでしょう。許婚はやはり大病を患いましたが、無事に役者の妻となりました。

 二度の呪殺を謀った女は、藁人形師の命がけの教えを守るはずはありませんでした。

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