第8話 三角関係とプラスαな関係。episode4

ふんふん、今日の朝も浩太さんは美味しそうに、私の作った朝食を平らげてくれた。

気持ちのいい空に、ベランダのサッシを解放しているから、心地良い風が部屋に入ってくる。


食器を片付けるのもなんかいつもより楽しいというか、気分がいい。


その時するっと浩太さんの茶碗が私の手から滑り落ちた。

がちゃん! 床に落下した茶碗は見事に割れ砕けた。


「どうした繭?」茶碗が割れた音に反応したんだろう。浩太さんが洗面所から身を乗り出すように台所に体を向かわせた。


「ごめぇん。浩太さんの茶碗……」


無残に割れた茶碗を目にした浩太さんは「怪我無かったか?」と心配してくれた。

その一言がなんかキュンと来る。


でも割れた茶碗を目にすると、ああ、やちゃった。と言う自己嫌悪に陥る。

意外とこの茶碗浩太さん気に入っているみたいだった。だいぶ長く使っているみたいな感じのするちょっと年季が入った感がある茶碗。


割れた茶碗の残骸を浩太さんは、黙ってかけらを拾い集めている。

その背中を見つめていると、なんだろうとても悲しいような気持になるのはなぜだろうか?


前に、日用品を一緒に買いに行ったとき、浩太さんの茶碗も新しいのにしようとしたんだけど、浩太さんは「俺はいいよ。あの茶碗がなんか一番しっくりくるんだよ」て言って、諦めたんだけど。


やっぱり何か思い出がある茶碗だったのかもしれない。

正直に私は浩太さんの過去。今まで私が知る浩太さんは、出会ってからそんなに長い時間はたっていない。だから、どんな過去を持っているのかは分からない。


それは浩太さんから見ても同じこと。


私がここに越してくるまでに、どんな時間を過ごしていたのかと言う事を彼は知らない。

浩太さんは私の過去を一切聞こうとはしない。


探ろうともしない。

私の過去。ついこの間まで送っていたもう終わりの過去。


ボロボロになって、ようやくこうして立ち上がることが出来た。

多くの人の力によって私は立ち直ることが出来たんだ。それは忘れることは出来ない。

鷺宮先生。先生のあの熱心な想いと温かさは今でもこの胸にしっかりと秘められている。


そしてなぜか不思議なんだけど、その温かさ。鷺宮先生のあの温かさと浩太さんが私のこの心に触れる温かさがなんか似ているような気がする。


他人から受ける、想いの温かさを知らなかった私は、こういうものなんだろうかと言う、感覚しかなかったけど、でもね。……浩太さんの過去。

彼の過去に興味を持ちたくなった。


かけらを一つ一つ拾うその背中。

その背中に背負うあなたの何かを、私は知りたくなていた。


「本当にごめんね――――浩太さん」

「別にいいよ。怪我しなくてよかった」

「新しいの。茶碗買わないといけないね」

「ああ、そうだな。今日帰りに俺買ってくるよ」

その時なぜか私の胸の中にもやっとしたものが浮き出てきた。


「あのさ、明日休みじゃない? よかったら一緒に茶碗買いに行かない?」

「明日?」

「何かあるの?」

「いや別にねぇけど……。茶碗買うだけにか?」


「別にいいじゃない」

「ま、まぁ。そうだな」


なんかにえきらない返事をする浩太さん。かき集めた割れた茶碗をごみ箱に捨て、「それじゃ、俺出るから」と先に会社に向かった。


割れた茶碗。割れたものはもう戻らない。

浩太さんは何も気にしていないようにふるまっていたけど、でも何か引っかかるものがある。


気持ちが沈んでいく。

何だろう……おかしいな。どうしてこんなに気持ちが……。


落ち着かない。




「びぇっくしょん!」


「先輩どうしたんですか? さっきからくしゃみばっかりして」

「わかんねぇ。会社来たら、なんかくしゃみ止まらねぇんだけど」


ズズズズズズズズズッ。あっ鼻水。


「先輩先輩、鼻水垂れてますよ」

あわてて、デスクの上にある自分のティッシュボックスを俺に渡す水瀬。


「わりぃ」受け取り、鼻をかむと大量の鼻水がティッシュに付着。あふれてきている。

つかさずもう一枚取り、かぶせて何とかたらさずに済んだ。


「あれぇ、もしかして先輩風邪ひきました?」

「いや、今朝はなんともなかったんだけどな。会社来てからなんだよ」


「どうしたの?」マリナさんいや、雨宮部長が、俺のところに来て。

「具合悪そうね。お熱は?」

グイっと俺の肩に手を回し、体を自分の方に引き寄せおでこどうしを触れ合わせた。


「熱あるじゃない。高いよこれは」

「マジすか? 俺そんなに感じていないんですけど」

「でもものすごくお熱高いわよ」


「グイっと、マリナさんのおでこがまた強く俺のおでこに触れる。


それと同時に、白のカッティングシャツからあふれ出て見える、胸の谷間。いやいや、その一物自体が俺の胸に押し当てられている。

なんかやわらかい柑橘系のああ、これってマリナさんの香り。その香りがこの鼻水で詰まった嗅覚をも刺激する。


と、同時に背筋がぞゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾっと鳥肌が立つように寒気を感じ、何か胃のあたりがチクチクと痛み出し始め。

ウっ! とこみあげるものを抑えきれなくなった。


や、やべぇ。とっさにトイレに駆け込もうとしたが、な、なんだ? 体の自由がまったく気かねぇ。

そのまま、意識もうろうとなり、ぐったりとマリナさんの体に身をゆだねるように抱きついていた。


「先輩!!」


いきなりだったからマリナさんもこの俺の体を支えることが出来ずに、よろめいた。

そのまま床に二人とも倒れ込みそうになるのを間一髪マリナさんの体を支え、防いだのは、この騒ぎをかぎつけやってきた長野勇ながのゆういちだった。


ナイス長野。でもそのあとの記憶は俺は見事にすっ飛んでいた。



ああ、なんか気が重いなぁ。

茶碗一個割っただけなんだけど。でもなんかあの茶碗。ほんと気になるんだよねぇ。

でもどうしてこんなに気になるんだろう。


たかが茶碗一個なのに。


「はぁー」とため息ばかりが出る。それになんだか体もものすごく重いんだけど。

ほんとどうしたんだろう。


駅前商店街にある、いつも気になっているケーキ屋さん。

そのケーキ屋さんのガラスに自分の姿が映し出されていた。ふと、その姿を目にすると。

うわぁなんだろう。ものすごおばさん草。


疲れているのかなぁ。なんか制服を来たおばさんがそこに立っているかのようだった。


とにかく、学校行かないと。

今日はお弁当も作っていない。

なんか作る気になれなかったんだよね。

何もかもやっる気がおきない。


天気はいいんだよ。気持ちいい風もさわやかに吹いているんだよ。

もう夏なんだということを感じさせてくれているのが良くわかる。

来る途中の住宅の庭にすくすくと伸びている向日葵が毎日目に入る。


もうじきあのつぼみが開いて大きな目を開かせてくれるんだろう。


そうなれば夏本番だよね。公園の木に泊る蝉も泣き始めるんじゃないかなぁ。昨日なんか蝉の声が聞こえたような聞こえなかったような。そんな気がしていたから。


ようやく学校に着いた。

自分の席に座ったとたん一気に体の力だ抜けた。



なにこれ。はぁ、とても苦しんだけど。

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