特別編 第23話 あのね本当は……。 鷺宮友香 ACT 2
216番の方。
待合室のディスプレイに自分の持つ番号が映し出された。
「鷺宮友香さんですね」
看護師が私の名を確認する。
「はい」と軽く返事をして診察室のうちドアを開けた。
家から電車で1時間ほど離れた大学病院。
専門医が在中している病院。設備も充実している。
紹介状は受付の時に一緒に出していた。
郊外の緑が多いこの病院。外見は病院というよりも、どこかのイベントホールのようなモダンな建物だ。
中も外の光がまんべんなく差し込むように造られている。病院という暗い感じは全く感じさせなかった。
はじめは本当に些細な、いつも起こりうる症状だった。
「うん、ごめん今日はそっちいけないかも」
「ん、何か用事でもできたか?」
「ん――――、用事じゃないんだけど、ちょっと風邪気味。なんかね、体動かすのものすごくめんどくさいの」
「めんどくさいって、俺んとこくるのもめんどくさいのかよ」
「そう言う訳じゃないんだけど。ちょっと微熱もあるし、浩太にうつしちゃ悪いでしょ。ほら明日じゃない。浩太楽しみにしていたイベントあるの」
「ふぅ―、そうか、それじゃ仕方ねぇな。友香の風邪うつされてイベントいけなくなっちまったら、せっかくゲットしたチケット台無しになっちまうからな」
「そうそう、て、あのさぁ――、浩太」
「あん、なんだよ」
「あんたって、私よりもそのイベントのほうが心配なんでしょ」
「はぁ―――? なんだよ今度は」
「お前だろ、うつしちゃいけなくなるからって言ったのは。そりゃ、楽しみにしているイベントだからな。いけなくなったらへこむわ。それが友香の風邪だったなんて、たぶん俺高熱上げんじゃねぇのか」
「あ・の・ねぇ。そこまで誰が言えといった!!」
真面目になんだかむかついた。
「おいおい、友香さぁん。どうしちゃったんですか? いきなり切れ始めて。あ、もしかしてあの日も重なっていたのか」
「馬鹿ぁ! そうじゃないわよ!」
「あ、そうなんだ。でもそんなに怒れるんだったら大丈夫そうじゃねぇ。大した事なさそうだな。念のため病院には行って来いよ」
うぅ――――――っ! ずるい。怒らせておいて、最後に心配の言葉かけるなんて。
「わかったわよ。ちゃんと病院にも行ってきますから」プン!
「そうそう、風邪はひき始め一が肝心ていうからな」
「そうねぇ誰かさんも大丈夫だって言いながら、熱上げて死にそうにしていたもんねぇ」
「そうだっけ?」
「そうだよ」
本当は原因をつくったのは私なんだけど。
「ねぇ、浩太。……もしさぁ、私飛んでもない病気だったらどうする?」
「はぁ、お前なぁ。風邪でどこまで飛躍できるんだ! そんなに具合わりーのなら入院でもしてきたらいいじゃねぇか」
ん――――とこの手の話には乗らないんだ。
まっいいか、大したこともないのは確かなんだから。
「わかった。それじゃ入院してくるよ」
「ああ、それじゃ、あとで見舞いにでも行ってやらぁ」
「ちゃんと来てよ。お見舞いの時にはプリン持ってきてくれるんでしょ。高いやつ」
「なんだよ、それ、催促なのか?」
「うん、そうだよ。手ぶらできたら追い返してやるんだから」
「わかったよ。ま、とにかく早く直せよ」
「うん、わかった。……ごめんね」
「ああ」
その時はそれで通話は終わった。
会話が終わると体のだるさが一段と重く感じる。
「はぁー、やっぱり浩太の言う通り、病院に行くかぁ」
近くの総合病院で受診をした。単なる風邪と……そう言う固定観念が、医師から言われた言葉から私を不安へと突き落とした。
……ここでは詳しい検査は出来ない。
紹介状を書くから大学病院で検査をしてください。
……と。
風邪じゃなかったの?
大学病院? なんでそんなところまでいかないといけないの?
ここじゃどうして検査してもらえないの?
いろんなことが頭の中を駆け巡った。
こういうときってどうしていやなことしか頭に浮かんでこないんだろう。
「早ければ早いほうがいいでしょう」
医師のその一言が追い打ちをかける。
「早いって?」
「もし時間が許すのなら、明日にでも」
一瞬、目の前が暗闇に閉ざされた。
そんなにも悪い、なってはいけない病気なのか……。
そして今私は、大学病院にいる。
受診の前に採血をされ、その他いろんな検査を受けた。
そしてようやく、担当の医師とこうして面談している。
相変わらず体はだるい。
何も聞かされず、何もわからず。流されるように検査をして、不安だけが大きく膨らんでいく。
……そして医師から出たひと言。
「鷺宮さん。これは今すぐにどうこうすると言った。いわば症状がすぐに表れるというわけではありません。人によってその症状の表れ方は様々です。ですので、もしかしたら長いお付き合いになるかもしれません」
長いお付き合って……なんでこんなにもったいぶるような、遠回しの言い方をするんだろう。
「担当直入に言います。鷺宮さん、あなたには……白血病の疑いがあります」
白血病…………。
それって何? 白血病ていうのは、知っている。
でも理解ができなかった。
「気をしっかりと持ってください。白血病といってもいろんな種類と型があります。今はまだ鷺宮さんがどの型のものなのかは、検査の結果が出るまではわかりません。またこちらに来ていただくことになりますが、それから、今後についてご相談いたしましょう。あなたは、まだ若い。可能性はまだたくさんあります。この病気を克服なさって立派に『生きて』いらっしゃる方もたくさんいます。希望は捨てないでください」
な、何を言っているの?
『生きている』………て、私、死ぬの?
すぅ――っと体全体が冷たくなっていく。
「大丈夫ですか?」
よっぽどひどい表情をしていたんだろう。心配そうに医師は私の顔をのぞきこんだ。
「少し微熱があるようですね。それにまだ体もだるそうですので、水分補給的に点滴をしていきますか。少しお休みになれば気分も落ちつくかと思いますので……」
私の耳には、断片的な言葉しか聞こえてこなかった。
目に映る。医師のブルーのユニフォームの色だけがなぜか、目に入る。
ベッドに横たわり、腕から延びる点滴の管。
点滴筒の中でポタリ、ポタリと落ち行く雫を見ながら、涙をあふれださせた。
浩太、………浩太。
…………………………浩太ぁ。
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