特別編 第18話 あのね本当は……。雨宮マリナ ACT 5

「なぁなぁ山田」

「お、長野。おはようさん」

「はぁ、お前ってなんかいつもマイペース過ぎるほどマイペースな奴だな」


「なんだよいきなり」

「お前聞いていないのか?」

「何を?」

「部長」

「部長がどうしたんだ?」

そういえばまだ部長の姿が見えない。いつも俺んところにきて「おはよう」って言うのに。


「なんでも部長風邪らしい」

「風邪って」


「だから風邪で熱あげているらしんだ。鬼の霍乱っていうやつか」

「鬼って、部長そんなに厳しくねぇだろ」

「まぁな、そうなんだけど、日本に来てから彼女の仕事量半じゃないんだよね、実際。前の部長よりも相当こなしているみたいだよ」


「そうなんだ、んっ、なんでお前が部長の仕事量のこなんか知ってんだ」

「いやぁなにね。友里奈ゆりなから聞いたんだけど」

「ええっと、総務の|町村さん?」

「そそ、その町村さん」

長野はにまぁとした顔で言い返す。


此奴は前科がある。


人事部の中井真理子なかいまりこ。そして総務部の町村友里奈まちむらゆりなうちの会社じゃ独身女性人気ベストファイブにランクインされている男性社員の憧れの女性だ。

その華の女子社員、独身男性社員にとっては将来を共にするのら、この二人は外せないといわんばかりに人気の二人。


なんとその彼女たち相手に此奴、長野は二股をかけていた。


本人曰く「僕は二股をかけていたつもりはないんだけどなぁ」なんてしらっとした態度をとっていたが、そう簡単? いやいや甘いもんじゃねぇことくらい此奴はあの一軒で身に染みたはずだ。


結局町村さんとの仲を優先。

今も町村友里奈を独占しているのだ。

まぁ、俺には関係のないことだ。

最も興味すらねぇからな。


でもマリナさんが風邪っていうのはかなぁ―――り気になる。

風邪なんか寄り付きもしなそうな人が風邪だなんて。

そんなことを言うと

「どうせ私には寄り付くものなんかありませんよ!!! ぷんっ!」と怒りそうだけど。


昨日ちょっとやりあったのがいけなかったのか?

やりあったって言ってもちょっとした食い違いで口論になったんだけど。まぁ後味がいい訳けねぇよな。

それで休みだというと、なんか俺責任感じてしまうんだが。これは自意識過剰っていう奴だろうか。


そうしているうちにシステムメールに雨宮部長体調不良にて2,3日の休養を要するため、その間は第3課の『上野課長』が代行するという内容が記載されていた。


上野課長かぁ、俺あんまりそりあわねぇんだよな。

返事はいいんだけど、実際何にも話が進展せずに

ケツに火がついてから慌てて騒ぎ出す、放火魔だ。

何度その付けを負わされたことか。考えただけでも腹が立つ。


今日、早く上がってお見舞いにでも行ってみようかな。

俺が熱あげた時もマリナさん来てくれたし。

言っとくが深い意味はねぇからな!!

と、ちらっと水瀬の方に視線を向ける。


その視線を感じたのか水瀬は「んっ?」という表情をしたがすぐにディスプレイに視線を移した。

まっいいか。今日のタスクはそんなに重いもんじゃねぇし、ささっと終わらせてしまおう 。


たかをくくっていた俺が甘かったのか、それとも意図的なものか……気が付けばタスクが雪崩のように俺のところに集中していた。

営業からの納期の変更や、仕様変更などが重なることは多々あるが、その外にも新案件が舞い込んできた。中には途中まででで、記述納期が差し迫っているタスクもある。


「おいおい、どうなってんだこれ」

よくよく見ると、これはどう見てもうちの課のタスクじゃねぇていうのが紛れ込んでいた。

「これって3課の分じゃねぇのか」

やられた! 放火魔の仕業だ。そう、上野課長だ。


こんなめちゃくちゃなことを押し付けられても困る。これは上野課長に抗議しに行かねぇといねぇな。

もう水瀬のほうもパンク状態だ。

うちの2課自体めちゃくちゃな状態になっている。


部長一人いないだけでこれほどまで窮地に追い込まれるとは。しかも就業からまだ1時間しかたっていない。

まるで入ったら最後、もう入り口から迷宮入りのダンジョンに陥ってしまった状態だ。


しょうがねぇな。重い腰をあげ3課へと向かい上野課長に

「すみません上野課長。3課のタスクが大量にこちらに回ってきているんですけど、何とかなりませんか」

「ごめん、山田君。頼むよぉ! 助けてくれよう! こっちももう限界なんだ」


「限界って、納期もうない案件ばかりじゃないですか」

「そ、そうなんだよね。ほら、営業から納期の変更なんかあったりして、そっちを優先してたらあっという間にこうなちゃったんだよ」


ああ、だめだこの人。


課長いう管理職についているけど、まるっきり管理能力ねぇじゃねぇか。

こういう上司を持つと部下は悲惨だよな。

それを想えば俺たちはマリナさんの直下だから、かなり恵まれているっていう事なのか。


「とにかくうちの課の状態も考慮してください。もう全員パンク状態ですよ」

「わかったわかった。営業のほうにも何とか言ってみるから、とりあえずは納期やばいのから片づけてくれると助かるんだけど」


まったく話になんねぇ。マリナさん。あなたの存在は神だった。

いないと感じるこのありがたみ。

ああ、これじゃ今日は終電に乗れるか? 微妙なところだ。



ああ、やちゃった。

風邪なんてひくの何年ぶりかしら。


夕べなんかちょっと変だったのよねぇ。

まさかこんなに熱あがるなんて、それにこんなタイミングで生理が来るとは、まぁ定期的なもんだから仕方がないといえばそうなんだけど、なんでこう言うときに合わさるのかなぁ。


ピッ! 

体温計の数値は39度6分。まだあがりそう。


「はぁ何か食べないと」

うわごとのように言うけれど食欲なんてまるっきりない。


冷蔵庫にはワインとビール。あとはチーズとか軽いおつまみ程度しか入っていない。

ごはん……パンでもいい。

ないんだよねぇ。


つくづく思う。30代の女の生活かこれは……と。


こういう時にそばに誰かいてくれれば、いてほしいと人肌恋しくなるのは私の素直な気持ちだ。

「浩太ぁ。なんであなた私のそばにいないのぉ!」


て、彼は今、会社で仕事中だ。

たぶん、私がいないことでどうなっているのかくらい想像がつく。

本当はね、私なんていなくたって仕事ってまわれなきゃいけないんだけど、あの状態じゃまだ無理よねぇ。


ちょっと心配。スマホで浩太にメッセージでも送りたいんだけど、それすら無理っぽい。



とにかく寝よう。


もしかしてこのまま起きなかった。



なんてことはないと思うけど……。

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