特別編 第16話 あのね本当は……。雨宮マリナ ACT 3
「へぇぇ! 明日マリナさんとデートなの?」
「デートって、なんかあっちが一方的に言ってきてそうなちまったんだけど」
「いいんじゃない。私は明日バイトロングだし。どうせ浩太さんはすることないんでしょ。あ、ゲームか。ま、それくらいのもんでしょ」
なんか刺さる言葉が気になるんだけど繭さん。
今日はほんと水瀬といい。何か刺さる思いを繰り返し受けていたように感じるんだが。
冷ややかな繭の視線が注がれる。
「こ、断ろうか……」
「なんで断ることあるの? 浩太さんが嫌なんだったら断ってもいいんじゃないの? 別に嫌そうには見えないんだけどね。まぁ、大人のデートでしょうから、私みたいな子供がどうのこうの言うことはないんじゃないの」
「う―――――ん」
と、悩んでいるふりをして見せる。なんで俺がこんなことしなくちゃいけねぇんだ。そもそもなんで繭に気をつかわにゃならんのだ!
夕食の後片付けをしながら繭が言う。
「行ったらいいじゃない」
「んっ?」
「だからさ、マリナさんと明日デートして来たらいいんじゃないの」
「そうかぁ―」
「そうすればさ、朝はいらないよね」
「かなぁ……」
「うん、いらないよ」
なぜかにっこりと笑う顔が怖い。
そのあと何も言わずに自分の部屋に行ってしまった。
やっぱなんか怒ってる。
次の日の朝、目が覚めると、カーテンの隙間から力強い陽の光が差し込んでいた。
時計を見ると9時を過ぎていた。
「やべぇ!」確か東京駅に10時の待ち合わせだったはず。今からじゃどんなに急いだって10時は過ぎるだろう。
「はぁ―」と落胆のため息。
とにかく急いで準備しよう。
まずはとにかくシャワーを浴びねぇと。
時間が押しているのは十分承知だ。しかし、この寝汗をかいたべとべとした躰には耐えられない。
サクッとシャワーを浴びて、ドライヤーで髪を乾かす。
普段あまりはかないジーンズを出し、上は一瞬目に入った紺のポロシャツを手に取り、そのまま着込んだ。
時計の針は無情にももう30分を過ぎようとしている。
「ああ、もう完全に遅刻だ。とりあえず遅れることを連絡しねぇと」
スマホを手に取るとメッセージが何通か来ていた。
マリナさんからだ。
「待ち合わせ場所変更! 浩太のおうち」
「へっ?」
「起きてる?」
「まだもしかして寝ているの?」
「もういい加減起きたでしょ!」
で、呼び鈴がなった。
ドアを開けると「にまぁ―」とした顔つきのマリナさんがいた。
「やっほう! おはよう」
やけにテンションが高い。
「どうしたんですか急に待ち合わせ場所俺んちだなんて」
と、口にしたものの、正直助かった。
マリナさんはちょっとはにかみながら
「だってさぁ、待ち合わせするよりももっと早く浩太に会いたかったんだもん」
「はぁ―」としか返事ができない。
でも雰囲気がいつもと違うせいだろう、なんかかわいいっていう気持ちになるのはいけないことなんだろうか……。
淡いブラウン。肩だしニット系のスリーブとコーデしてるんだろな、丈の長めのスカートがなんか落ち着いた印象を植え付けさせている。
やっぱ、大人の女。っていうのを感じる。
「何よ。そんなにじろじろ見られると恥ずかしいじゃない。なんか変?」
「いや、おれ、女性の服とかなんていうかそのよくわかんないんですけど、似合っていますよマリナさん」
「そぅぉ? ならいいんだけど。もうあんまり派手なのは着れる年じゃなくなっちゃったからね」
「いやいや、まだいけますって」
「そうかなぁ。でさ、入ってもいい?」
「あ、すみませんさっどうぞ」
ま、マリナさんも何度かここには来ている。確か俺が熱上げた時が初めてだったかな。あんときはマジ大変だった。
「お邪魔します」なんかちょっとしおらしい感じがするのは気のせいか?
部屋に入るとあたりを見回すようにして「今日は繭ちゃんは?」とさりげなく聞く。
「あ、繭なら今日はバイトだそうですよ。なんでもロングだそうですからもう行ったんじゃないかなぁ」
「ふぅ―ん、そうなんだ」
何かを確認したような感じを受けたのは、俺の気の回しすぎなのだろうか。
「何か飲みますかマリナさん。たいしたものはないですけど」
「う――――んそうねぇ。それよりも出かけましょうか」
「いいですけど、どこに行くつもりだったんですか? はじめ東京駅で待ち合わせでしたよね」
「そうなんだけどね。ほら浦安のほうに行って楽しもうかと思ったんだけど、なんか休日って混んでいそうで、楽しむどころじゃないような気がしちゃってね。本当はどこでもいいんだよ。浩太となら。そこらのモールでぶらりとしながら何かおいしいものでも一緒に食べるていうのもいいかなって」
な、なんだ。ちょっとはにかんだところが年上とは思えないほどかわいい。どうしちゃんだ。マリナさん。
「なぁに?」
俺より背の低いマリナさんの目がこの姿を見つめる。少しの上目使い。その目をほんの少し見下ろすように彼女のうるんだ瞳をなぜか見つめる。俺。
吸い込まれそうだ。
そっと目を閉じる彼女のその姿を衝動的に抱きしめたくなる。
何かおかしい。この部屋には俺とマリナさんの二人だけだ。
隣に住む繭…。
繭ももうバイトに出かけていないはずだ。
解放されたベランダからひそやかな風が部屋の中に舞い込む。
甘く、蜜な香りが洟を抜けたとき。
俺の鼓動は……。
高鳴った。
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