特別編 第15話 あのね本当は……。雨宮マリナ ACT 2

彼女は甘い声で、熱い吐息を俺の耳にかけながら「浩太ぁ――」と声をかけてきた。


「は、はい!」


あの凶器ともいえる豊満な胸が俺の肩に押し付けられる。

スーツの上からでもこの感触は伝わる。


やわらかい。

て、俺は何に感じているんだ!


「部長、よしてくださいよ。普通に、普通に呼んでください」

「いいじゃない。浩太へは特別なんだから」

「あのぉ、ちょっとは部長としてのお立場を考慮してもらえませんか。でなくても周りの目が……」


毎度のことなんだが、さすがになれない。こういう時のあの威圧感のあるオフィスの中のとげとげしい痛い視線。

そのうち俺は刺されるんじゃねぇのか?


人間関係ほど厄介で執念深く、ストレスになるものはない。

だから3次元の人間関係は俺はできれば拒絶したい。

2次元であれば想いは個人の自由だ。好みの子の姿を想像しているときが至福の時ともいえる。


ああ、マジ人間関係めんどくせぇ。


「それで何ですか、わざわざ直接きて重要案件ですか?」

「あら、浩太のところに来ちゃいけないの? 特別用事はないんだけどね」

「はぁー、なら邪魔しないで下さいよ」

「はぁーい。ごめんね」

しかしめげねぇし明るいよなぁ。


マリナさんの後姿をちらっと見ながら、やっぱりケツでけぇ。なんて思う俺も俺なんだが。いかんいかん、集中集中! 今日中にこのタスクだけは終わらせねぇといけねぇ。

んでちらっと水瀬の鋭い視線を感じている俺。

「うぉほん! ごほんっ!」

「先輩、風邪ですか?」

嫌みのように水瀬からメッセージが飛び込んできた。


「いや、違う……大丈夫だ」

「そうですか。別に先輩が倒れようが熱上げようが私には関係ないことですからね。ちゃんと看病してくれそうな人がいますもんね」

そのあとはあえて返信しなかった。

泥沼化になるのが目に見えている。




ああ、今日も浩太の香り満喫できたわ。

ほんと一日1回は、浩太エネルギー充電しないと。もうそんな体にしたのはあなたなんだからね浩太。ちゃんと責任取ってよ。


て、言っても彼には今なんと私以外に二人の女がまとわりついている。

まずは浩太の後輩の。水瀬愛里みなせあいり。そしてこれは予想だにしていなかったことだった。


なんとあ奴。現役の女子高生と半同棲のような生活を送っているらしい。て、いうか、送っているんだわな。

事情はかくかくしかじか。あるにせよ、18歳の子といちゃついているなんて許せんと思ったけど、意外と繭ちゃんはしっかり者だ。

しかも彼女は、たぶん私と同類。かなりの強者だ。

同性だから感じる彼女のオーラがそう思わせているのだが、何せ18というあのピチピチとした躰には到底歯が立たない。こっちはもう30を超えている。

それでも、躰にはまだ! 自信はある。はず。


で、水瀬愛里とは、このオフィスでは付き合っている仲だということで暗黙の了解を勝ち得ている。

しかし、実際浩太は付き合っている感はまるでない。


三角関係でも醜い争いが勃発しかねないのに、私が乱入して……自分で乱入と言う表現をしてはいけない。参加して……うん、そうだこの輪の中に私が参加しているのだ。そうすることで、脈絡くもない争いを回避している。


なんかとても自分に都合のいいように解釈しているけど。そう思わなければやっていけない。

だって浩太。あなたは私のこの熱いハートを射抜いてしまったんだもの!

これは重大案件なんだよ。


わかってるの浩太!!


「はぁ―」となんだか一気に疲れてきた。

一人でこんなに悶々しているのがものすごくつらいんだな。

ちょっとたばこでも吸ってきて気分を変えよう。


ちらっと浩太のディスクを目に入れると彼の姿がない。

おトイレ? 水瀬さんはなんだかものすごい顔してディスプレイを睨んでいるようだけど。


喫煙ルームに行くとそこに浩太の姿があった。

「どうしたの、なんか詰まってため込んだような顔をしちゃって」

「あっ、マリナさん」

なんとなく私の顔を見てみないようなそぶりで声を返す。


「そうそう、二人の時は名前で呼ぶっていうの慣れてきた?」

「無意識に俺名前で呼んでいましたね。すみません部長」

「だから、いいって、そうしなさいって言っているのはこの私なんだから。いいの」

「そうですか」

はぁーとたばこの煙を吐きながら一言彼はつぶやいた。


「なんか、ほんと溜まってそうね」

「そう見えます?」

「うんうん、とても。私でよければ力になるわ」

なりたいのよ! あなたなら喜んで。


「でもこんな事部長の立場であるマリナさんには頼めないっす」

私もたばこをくわえ火をつけ軽く煙を吸い込む。

「部長? そうじゃなくて私は、あなたの友人として力になりたいのよ」

本当は友人じゃなくて、恋人としてって言いたいんだけど!


「でも、やっぱりこれは俺自身の問題なんで、やっぱりマリナさんには言えないっす」

もうなんでそうじらすのよ。ここが会社だから?

そうか、会社だから、こんな話乗りにくいんだ。


……だったら。


「浩太、明日の休み何か用事ある?」

「明日ですか? 別にこれといった予定というか用事はないですけど」

「だったら私に付き合いなさい」


「ほへっ? なんですかその付き合うって」

こらこらおびえるな浩太。とって食う……あははは、多分食べたいなぁ。


「だから明日わ、私とデ、デートしよ!」

「デート! マリナさんと!」


「何よ、露骨に嫌そうな声出すわよね。こんなおばさんとは嫌っていうの?」

「うっ! そ、そういうわけじゃないんですけど」



「なら決まり! 明日はデートだ」


やったぁ! 浩太と初デートができる。


やっと二人っきりになれるね。……じゅる!!

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