特別編 第11話 ありがとう。水瀬編 ACT11
あのトラブルの後、運営のスタッフがすぐに来てくれた。
事は大きくならずに済んだけど、怖い思いをしたのには変わりはない。
もしあの時あの人が手を差し伸べてくれなければどうなっていたか。それを思えば気持ちが、胸のあたりに痛みが走る思いがする。
帰りの電車の中、路線を乗り換えるとまだ座席はゆっくりと座れるくらい空いていた。
大学に通うために使ういつもの路線。
この電車に乗ると何となくホッとする。
ああ、少し活動お休みしようかなぁ。
今日の事は、仲間達にも連絡……もとい、知れ渡っていた。
みんなから「大丈夫?」って心配するメッセージが寄せられていた。
ふと、向かいの窓から流れる景色を眺めていると、ハッと、いきなり私の頭の中にある人物の姿が浮かび上がった。
あの人って……。
私の目にはその人の姿がこの電車の中で見えている。実際は今ここにはいないけれど。
あの人は何となく目に入っていた人だ。
いつもこの電車で何故か分からないけど、私の目に入る人。
朝のあの混雑している電車の中でもその人の姿毎日目にすることが出来た。
ワイシャツにネクタイ。たまに皺よれになっているワイシャツを着ている時もある。そんな時は髪もぼさぼさ。
ああ、寝坊でもしたんだな。て言うのが一目で分かるような人。
サラリーマンなんだろうね。
目にするのは朝だけだ。
これから、仕事に向かうその姿。何となく湯鬱そうなオーラを醸しながら、電車に揺られていく姿。
何で気が付かなかったんだろ。
気になる人である事は確かだ。だってあの人見ているとなんか面白かったんだもん。
その日で顔色が違うしたまに何か一人で、ぶつぶつ言っている時もある。
一見、ちょっと変わった人。だからかもしれない。興味を持ったのは。
そうか、あの人だったんだ。なんだか接点を見いだした様にちょっと嬉しかった。
二日後の朝。いつもの様に電車に乗ると、スッとあの人の姿が目に入る。
やっぱりいた。
間違いはなかった。
ん、今日はやけにパリッとしている。
ワイシャツも、折り目が正しい。
髪もぼさっと最多イメージは感じられない。この人って結婚してんのかなぁ。奥さんて言う人もいるの?
でもなぜかそんなイメージは否定したくなる。たぶん違うだろね。
電車に揺られながら人ごみの中、数駅を通過した後その人は電車を降りる。
あの時、私の躰は不思議と軽く? 自分が降りる駅でもないのに、その駅で降りていた。よくもまぁ、あの混雑の中もそもそと書き分けて降りたものだ。
人のなられの中にその人の姿を見逃さない様に後をついていく。
何やってんだろうね私。
ストーカー……。なははは、やばいね。
駅から出て数分歩いた先のビルに彼は吸い込まれるように入って行く。
流石にそれ以上は私はあとをつけることは出来なかった。
「ふぅ―ん。こういう所に努めているんだ」
何気なく口にした。
実際私ももう大学3年生だ。
しかもこの夏が終われば、大学に通う事なんて、単位取得の惰性的な時間の過ごし方になる。いやいや惰性う事は言っていられない。そうなのだ。
リクルート。就活を始めないといけないのだ。
それを思えばかなり気が重い。
出来ることならあと数年。こんな気ままな大学生活を送っていたい。
そんな誘惑めいた想いが根っこをはやしているがそれはもう引っこ抜かないといけないんだとひしひしと感じていたのは事実だ。
IT系かぁ。
情報システムは私の専攻する分野だ。
ふぅーん、ここって中堅でも、結構名の知れた会社よね。
意外と出来る人なのかなぁ。
なんてことを思いつつ、あの人の事はそれ以上追うこともなくいつもの様に日々が過ぎていく。
夏が終わり、冬になるとさすがに就活準備に追われコスプレどころじゃなくなっている自分がいた。
求人の開示と共に、今からもう戦闘態勢だ。
主だったところを事前に目星をつけ、先輩たちの情報をかき集め。進むべく先に必要な物を徐々に積み立てていく。
私は何だろうこう、行き当たりばったりと言うのが出来ない。
いつも下準備と言うか計画を立て、積み上げてから行動する。
それがいいことなのか、用意周到と言うが、ただ単に確信がないものにどんと向き合うのが怖いだけなのかもしれない。
4年になり、就活が本格的になった時、あの人。そう電車の人だ。彼がいる。多分そうだろう。その会社の面接も受けた。
意外とお堅い。
私のイメージはそうだった。
あの人のイメージからはかなりラフそうな会社じゃないかと思っていたけど、あの人から得たイメージをそのまま会社に反映させることは会社にもあの人にも失礼なことなのかもしれないね。
内定をもらった企業の中にその会社があった。
お堅いイメージ。面接の時にちょっと渋い感じの面接官が言った言葉が引っかかっていた。
「うちはまだ業界では中堅の会社だ。最近はおかげさまで、名前は売れ出してきているが、業務は過酷だけど、君はその過酷と言う中で生き残っていく自信はあるかね」
と言ういささか意地悪な質問をされたのを覚えている。
そこはよい印象を植え付けさせるには
「はい大丈夫ですどんなに過酷でも私は、御社で頑張れるものだと信じております」
と、取って付けた様なうわ台詞を言って乗り越えようとするのが常かもしない。いや、普通はそうだろう。
でも、どうしてもあの時はあの人のイメージが抜けきれなかった。
それで答えた言葉がどんなものなのかという事は今はもう覚えていない。
たぶん、あんまりいいことは言っていなかったんだと思うけど。
そうそう、自分が出来ることはなんでも吸収して自分を伸ばしたい的なことを言っていた様な気がする。過酷であるならば気を張ることよりも肩の力を抜いて頑張りたいなんていう生意気なことも行ってしまったようだ。
今思えばなんてことを面接のときに言ったのかと、身震いがする。
その意地悪な? 質問をした面接官が、まさか村木部長であったなんて言うのはあまり思い出さない様にしておいた方がいいだろう。
ただ、真っすぐと面接官の目を見て答えた私を見て村木部長は、”にやり”とした顔をしたのを今でも覚えている。
結局、私はこの会社を選んだのだ。
あの人がいるからではなくこれは自分の意志で選んだことだと、たぶんそうなんだろうという事にしておこう。
研修中、あの人がシステム部と言う部署に所属しているのを知った。
配属がそこになればいいなと言う淡い期待を持った。まぁ、配属先はここ本社とも限らない、もしかしたらいきなり支社に飛ばされるかもしれない。
他の部署になる可能性だってある。
だけど……。
だけど神様は私を導いてくれたんだと思うしかなかったんだよ。
ねぇ、先輩。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます