第84話 ずっと愛し続けているよ ACT5

この2年間誰かがここに来たという、気配は感じられなかった。

墓石は汚れていた。


想いあまる涙をぬぐい、お墓を綺麗に掃除した。昭島さんも手伝ってくれたおかげで、本当に短い時間で見違えるように綺麗になった。その墓石に用意してきた、線香と花を手向たむける


ゆっくりと墓石の前にかがみ手を合掌わせた。


何も話しかけることもなく、そして、その墓石からは何も語りかけてはくれなかった。

だけど、気持ちはとても温かくなった。それに今まで抱えていた心の不安が少し溶けていくような感じがする。


線香の香り。……この香りを体にまとうのは、お父さんの葬式の時以来だった。


「昭島さん、本当にありがとうございました。おかげさまで、なんだかスッキリしました」

「そうか、良かったな。ご両親も繭ちゃんが来てくれてきっと喜んでいると思うよ」


「そうですかねぇ」

「ああ、そうだよ。繭ちゃん」


「はい」


「あと少しの辛抱だ。も少しで繭ちゃんは自由になれる。今は辛いかもしれないけれど、まだ未来が沢山、繭ちゃんを素敵な場所に誘ってくれると思うよ」

「ぷっ!」

思わず噴いちゃった。


「えっ、どうしたの?」


「だって昭島さんが柄でもないことを言うもんだから、つい……」


「おいおい、柄でもない事だなんて酷いなぁ。これでも俺の心は繊細なんだ」

「ですよねぇ、なにせ可愛い奥さんがいるんですもんねぇ。どんな人かなぁ。なんだか会うのが楽しみになっちゃった」


「ええ……っと、あんまり期待はしないでくれ」


何言ってんですかこの期に及んで、さ、それじゃ行きましょうか」

「あ、おう。いくか」

さようなら。お父さん、お母さん。……また来ますから。

そう心の中で私は二人に語り掛けた。


昭島さんの家に行く途中。

「繭ちゃん、うちの嫁には繭ちゃんの事、本当は守秘義務があるから俺の家族でも話しちゃいけねぇんだけど、ある程度話してやった。ごめん勝手に話してしまって」


「ううん、別に構わないです。それが私の事実の過去なんですもの。だからこうして昭島さんとも出会う事が出たんです。ちゃんと話してください。私がどんな子であったかを」


「ああ、泣いていたよ彼奴……」それ以上は彼は話そうとはしなかった。


「さぁ着いた。ちょっと待っててな彼奴の機嫌見てくるからな」

昭島さん、よっぽど奥さんが怖いんだぁ。ううん、違うよ。本当に愛しているんだよ。何となくその想いがにじみ出ているところがなんかいいなぁ。


「おうい、来たぞ!」


「えっ、嘘。もう来たの?」

「早かったか……?」

「いいんだけど、まだ支度中だよ。で、彼女は?」


「入っておいで繭ちゃん」

その言葉を聞いて、私はゆっくりと玄関の中に入った。


梨積繭なしつみまゆです。初めまして」

深く頭を下げて、挨拶をした。


「あ、可愛い」

「えっ!」

「ああなるほど、こりゃデートって言いたくなわよな。あんた!!」


「おいおい、まだ根に持ってんのか?」

「べっつにぃ―、こんなにも可愛い子だなんて思ってもいなかったからさ」


「妬いてんのか? お前!」

「アッそ、またぎっちりと決めてもらいたい訳?」


「あ、あのぉ……」


二人の会話を訊いているのは楽しんだけど、これ以上エスカレートされたらなんかまた昭島さん大変そうだから、ここで間に入っておかないと。


「あ、ごめんごめん。うちらいつもこんな感じだらかさ、気にしないで、と言われても気になよね。さあ、入って。まだ支度途中だからも少し時間かかるんだぁ。だからゆっくりしていきなよ。時間大丈夫なんだろ」

「はい大丈夫です」

「よし、それじゃ何か飲み物でも持ってくるよ」


居間に通されると、写真がいっぱい壁に貼られていた。

まだ小さい男の子の写真だ。


「お子さんの写真ですか?」


「ああ、夏弥って言うんだ。この前4歳になったばかりのやんちゃ坊主だ」

そう言いながらも昭島さんの顔はにんまりとしている。


そう言えば浩太さんの甥っ子もこの前誕生日で呼び出されていたっけ。平塚に行くって言ってたけど、まさかねぇ。


「足くずしなよ。そんなにカチカチにしていたら持たないからね。それにうちはそんな方ぐるしい所じゃないから、ゆっくりしな繭ちゃん……でいいよね」


「あ、はい」


奥さんってとても利発そうな人だ。

赤毛のくせっけショートカット。スタイルはいいなぁ、もしかして自分もプロレスやっていたのかなぁ。


「えーと、奥さんもしかしてプロレスやっていたんですか?」

「はぁ?」

「だって今朝、昭島さんにプロレス技決められたって聞いたんですけど」

「あははは、あんたそんなことまで言ってんだ繭ちゃんに」

「いやいや、マジ体いてーんだよ」


「わたしプロレスは好きだけど、実際にはやっていないよでも、小学校から高校までらスリングずっとやってたんだ」

「レスリングですか! 道理でスタイルいいと思ってたから」


「あらそぉ! まだ私もまんざら捨てたもんじゃないんだ。若い男でもひっかけに行こうかしら」


「ゴホゴホっ、おいおい、浮気宣言かよ!」


「えへへへ、馬鹿ねぇ。こんなにいい旦那持ってるんだから、これ以上の男なんか要る訳ないでしょ」

昭島さんが妙に照れてるのが可愛い。やくざ屋さんのテレ顔って言う感じだ。


「おっと料理料理、もう時期だからね。ごめんね待たせちゃって」

「いいえ、大丈夫です。……あのぉ、よかったら私にも手伝わせてもらえませんか?」


「え、いいの? でもお客さんに手伝ってもらうのも気が引けるんだけど」

「でも、わたし手伝いたいです奥さん……あのお名前なんて……」

「アッそっかぁ、名前行っていなかったよね。『奈々枝ななえ』。昭島奈々枝。ナナってみんな呼んでいるけどね」


ナナさんかぁ。なんかぴったりくる感じ。

「それじゃ、お願いしよっかなぁ。繭ちゃん料理するの好きなんだ」


「はい」


その返事をしたときの私の顔を見て、二人は微笑ましく私をこの家族に迎え入れてくれたような気がした。


「うまいねぇ繭ちゃん。なんか毎日料理している手つきだよ。うん、将来繭ちゃんの旦那さんになる人は幸せもんだ。料理の旨い女はそれだけで男の心をわしづかみしているからね。なにせ、男の心は胃袋の中にあるんだよ」


「はぁ、勉強になりますナナさん。男の心は胃袋にあるんですね。だから昭島さんはナナさんにべた惚れなんですね」


「ちょっと照れるじゃない。まったくもう」


顔を赤くしているナナさん。そんなナナさん本当に一児の母親か? と思わせるほどキュートな可愛らしさを感じさせる人だ。


「私にもねぇ弟いるんだぁ。これがさぁ、ちょっと変わったというかさぁ、まぁそれは本人の趣味なんだろうけど、オタクなんだよ。この前さ、息子の夏弥の誕生日にいきなり彼女連れて来たのにはびっくりしたんだけど、でもさ、彼奴が、そうやって変わってくれるのが私は嬉しかったなぁ」


「ん? オタク……弟。姉。……まさかねぇ。友香さんの時もそうだったけど、なんかこう言う人って浩太さんにピッタリとはまるんだよねぇ。そんな偶然は起きないだろうけど」


「はぁ、浩太もさぁ、いい加減いい年なんだから、ちゃんと身を固めてくれれば私も安心するんだけどなぁ」


手が止まった。


浩太って……、今ナナさんは言った。


まさか……。そんな偶然なんてある訳がない。

私はナナさんを呆然としながら見ていた。


「ナナさん……。弟さんの名前って、浩太さんていうんですか……」


ナナさんは鍋の中をかき混ぜながら

「うんそうだよ。もう27にもなるんだけどね」


「ナナさんの旧姓って……」

「ああ、わたし結婚する前の苗字は……。山田だよ」


「嘘だ! そんなことってあるの!! この人が浩太さんのおねぇさんだったなんて」



そんな偶然と繋が、昭島さんとあったなんて私は信じられなかった。

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