第72話 再会 ACT4

「ごちそうさまでした!」

「あとは俺がやっておくから、早く準備しろよ。もうこんな時間だぞ」


「うんありがとう」


ぱたぱたと自分の部屋に戻り……多分また軽く化粧をしてくるんだろう。

女って言うのは化粧で雰囲気がこれほどまでも変わるのかと思ってしまうのは何だろう。


友香と一緒に暮らしていた時、友香も化粧はしていた。

あの時はそれが当たり前だから、こう言うものだという感覚しかなかったと言えばそれまでだっただから、さほど気にすることもなかった。


まぁ、化粧をした後の友香の方が美人に見えると言えば、それは嘘ではない。


それにしてもだ。


最近、繭の化粧を施した姿を見ると、何となく照れ臭くなるのは何だろう。少し大人びた感じをさせる繭の姿。


おいおい、女子高生相手に何考えてんだ……俺は


やっぱり俺は友香が言うようように。

ロリコンキャラオタクの変態なんだろうか?


ぱたんとドアが開き

「ンもぉ、今日は朝から暑いよう」

冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、グラスに注いで一気に飲み干した。


「それじゃ、行ってくるね」

「ああ」とだけ返事をして繭の顔をちょっとだけ目にする。


「ん?」と不思議そうな顔を一瞬したがすぐに

「あ、そうだ浩太さん、お昼何もないんだよねぇ」

「昼? いいよ適当に何とかするから」

「そぉ、なんならお店に食べにくる?」

「んー、気が向いたらな」

「そっかぁ。じゃぁね」とニコッとほほ笑んで繭は部屋から出て行った。


「さぁてと後片付けでもするか」


テーブルの上に置かれたグラス。


今繭が使ったグラスだ。そのグラスにうっすらと付いていたリップの痕。


そのグラスを眺めながら俺の本当の気持ちは今、どこにあるんだろうかと、瞑想する自分がいた。



片付けも終わり、ベランダで一服しているとスマホが鼓動した。

「ん? 誰だ」

アプリを開けてみると、送信者は友香だった。


「おはよう」とだけ送られていた。

「おはよう」と俺も送信した。


既読マークがすぐに付く


「今日は何するのかなぁ?」

ウサギのはてなマークが付いたスタンプと一緒に送られてきた。


「なーんにもすることねぇ」とスタンプなしで送信。

「なーんだつまんないのぉ! 私と一緒じゃん」

がっくりとしたウサギスタンプが送られてきた。


「繭ちゃんはどうしてるの?」

「繭はバイトに行った」

「なぁんだ、それじゃ浩太一人っきりなんだぁ。寂しいね」

「あのなぁ、友香、お前何か勘違いしてねぇか」

「なによぉ! 勘違いって何なの?」


「俺と繭はそんな関係じゃねぇぞ!」

「ふぅーん、素直じゃないね。このロリコンおやじ!」


「あ、ひでぇなぁ、お前性格大分えぐくなったな」

「あら、わたし昔からこうだったわよ。うふ!」


「そうだったか?」と返信を送ろうとした時

「ねぇ浩太。本当に暇だったら来る?」

友香が俺を呼んだ。


本当は行って友香の傍にいたいという気持ちもある。

今まで俺が自分で押し殺していた気持ちが少しづつ、解放されていくのが自分でも感じられているからだ。


あれだけ生身の女に拒否反応を起こしていたのが、ぴたりと止まっている。

昨日友香に出会うとき、あの症状がまた出るのではと恐れていたが、何も起きなかった。


むしろ、友香のあの変わり切った姿を見た時に、俺は自分を殺すのを止めたんだと思う。自分を殺すなんて言ういい方はあまりよくはないが、俺が今まで大切に心の奥底にしまい込んでいた友香の姿と、実際のあの姿にはあまりにもギャップがありすぎたからかもしれない。


なんにせよ、俺は友香を受け入れた。驚くほどに当たり前のように俺は友香を受け入れていた。


「行ってもいいのかよ。なんだかうざいって、言われそうなんだけど」

「うん、うざいよ。でも来る気があるのなら来てもいいけど」


「まったく素直じゃねぇな」

「だって私浩太の事嫌いなんだもん」


「そうか、なら行ってやるよ少し待ってろ!」

「了解だよ」


何だよ、結局俺は友香の所に行くんじゃねぇのか。


そんなことを思いながらも、嬉しかった。


2日も続けていくのも気が引けていたのは事実。

少し時間を置いてから……、いいや、いける時に、行きたい時に友香の所に行けばいい。

多分、それでいいんだと思う。と自分に言い聞かせていた。


急いで着替えをして、微妙に伸びたひげを剃った。


その時ふと繭にだけは連絡を入れておこうと、スマホを取りメッセージを送った。どうせ忙しいだろうし、仕事中はスマホなんか見ていることなんかないだろう。


「やっぱり、友香の所に行ってくる」


ただそれだけ。なにも行くきっかけまでも書く必要も無い。

送信するとすぐに既読になって返信が来た。


「行ってらっしゃい。先生によろしく言っておいてね」

スタンプも何もないメッセージが返信されてきた。


何となく黙って行くことに後ろめたさを感じていた。なぜかは分からい。いや……分かってるんだろう俺は。

それを表に出してはいけないだけなんだ。


繭への気持ちを俺は表に出しては……。


駅に行く途中、繭のいる店の前を通った。

ガラス越しに接客をする繭の姿が見えた。


その姿を遠くで見るような感じで俺は店の前を過ぎ去る。


電車にゆられ、友香のいる病院へと向かう。気持ちは友香に会えるという嬉しさと、いつまで友香にこうして会えるのかという不安とが交差していた。


いつまで、終わりの時間がある。

友香との再会は。

本当の終わりを意味する再会だった。


昨日あれだけ、泣いたのにまた目頭が熱くなる。



「やぁ、友香」

友香の病室に着いた時、友香は眠っていた。


昨日はなかった点滴が彼女の細くなった腕へと繋がっていた。


「寝ていたか」

その寝顔をそっと眺めて「本当に久しぶりだな。お前の寝顔を見るのは」

俺たち二人しかいないこの部屋で俺は呟いた。


彼女に触れたくなる衝動を抑え、俺は黙ってその寝顔を眺めていた。


このまま時間が止まってくれるのなら、俺はその方法を知りたい。

たとえ、前と同じように俺と友香が過ごした時間に戻れなくとも、ただ、今、これからの時間だけでいい。それだけでいいから止めてほしいと願う。


だが、それは叶わぬ願望にすぎない。

そしてこれは俺の我儘だ。


また涙がこぼれ始める。


何だよう、俺ってこんなに涙もろかったか?

でもよう、友香。俺、泣きてぇんだ。

まだ泣き足りねぇんだよ。5年分の涙を出し切りてぇんだ。


「ばか、何泣いてんのよ浩太」


友香はぐちゃぐちゃな顔をして泣いている俺の顔を見てそう言った。


「お、起きてたのか……」

「うん、だってそんなに泣かれていると、おちおち寝てもいられないじゃない」


「うるせぇ、……いや、ごめん」


「誤らなくてもいいよ。だって浩太の気持ちわかるもん。私も本当は……本当は泣きたい……んだよ」

そう言いながら友香の目からも涙がこぼれていた。


そっと友香の手を握りながら


「俺さぁ、やっぱお前の事好きだ」

「そっかぁ、浩太は私の事嫌いになってくれないんだ」


「ああ、嫌いになんかなれねぇよ」


「……うん私も。でも浩太は私を嫌いならないといけないの。これは私に与えられた罰だから」


友香はゆっくりと起き上がり俺の顔を見つめて言った。


「私はあなたを今も愛しているから、嫌いになってほしい」と。

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