第56話 遠からずも俺の傍にいろ ACT4

願いと言うものは叶うために存在するのか、それとも叶えることをあきらめるために存在するのか。


私としては前者であってほしい。


だけど、その願いは到底叶わないものだという事が分かり切っているのなら、始めから願わなければいい。でも……私は願いたい。


普通の人からすればこんなにも些細なことかもしれないけど、私にとってはとても大切なものだ。

ふとそんなことを考えてしまう。


こういうのって前にもあった。


それは、お父さんと私が二人で暮らしていたころの事だ。

お父さんにご飯を作ってあげて、私が作ったご飯を本当に美味しそうに食べてくれていたお父さん。


二人っきりの生活だったけど、私はとても幸せだった。


二人っきり……ううん、違う。お母さんもちゃんと、その姿はないけど、ちゃんといつもいてくれていたような気がしていた。

本当にあの頃は幸せだった。この幸せがいつまでも続くものだと私は思っていた。


でも……。


ある日お父さんは新しいお母さんを私の前に連れて来た。


そこからだ。


あの幸せはだんだんと陰りを見せ始めた。


そして……お父さんが死んで、私と新しいお母さんだけになった時。私の幸せはもろくも崩れ去ってしまった。


私の願いは叶わなかったんだ。


あの時私は自分を恨んだ。どうしてあんなことを願ったんだろうかと。

叶うことない願いなんか始めから願わなければよかったと。


そして今、浩太さんのあの顔を見ながら私はまた願っている。

でも、この願いも、叶う願いではないことは分かり切っている。

だから願ってはいけない。



……でも、それでも。

私は願いたい。この些細な幸せが続いてほしいと。



「ん、どうかしたか繭」

「ううん、なんでもないよ」


「繭たん本当に浩太さんの事好きなんだねぇ」

「ちょっと有菜、いきなりなに言うのよ。私はそんなんじゃないんだから」


「いいのいいの。私はそう……マリナさんと同じ位置関係がいいなぁ。もちろん浩太さんじゃなくて、繭たんにだよ」


「おいおい、有菜ちゃんって本当に繭の事、そのなんだ。好きになったのか?」

「そうだよ。私は繭たんの事好きじゃなくて愛してるんだもの」


「……あ、愛してる?」


浩太さんは、唖然としたした顔をして呟いた。


「だってさぁ、私達昨夜、お互い愛し合ったんだもん」


「あ、えええええッと。あ、浩太さん! この卵焼き浩太さん好みに少し甘くしたんだけどど、どうかな」

ああああ、有菜。そこに触れないでぇ!!!


卵焼きに向かった浩太さんの橋がぴたりと止まった。


「もしかして、お前ら……その世界に足を踏み入れたのか?」

「やだぁ、浩太さんってばぁ。その世界だなんて。何か意味深な言い方ですね」


「ええと。ええええええッと……ですねぇ」

ああ、どう言い訳すればいいんだろう。


「ははは、そうか。でもお前らほんと急展開じゃねぇのか? どっかで選択間違ていねぇか? ああ、どうしてもその展開に仕向けたかったんだそうかそうか……」


浩太さん思考が麻痺してきているの?

もしかして、わざとゲームの内容にすり替えてない?


ちらっと浩太さんの顔を見ると、「や、やばいこれ以上はこの話題突っ込まれねぇ」て書いているように見えた。


その時、コンコンとドアをノックする音が聞えて来た。

「ん、誰か来たか?」

浩太さんが、すっと立ち上がり三和土たたきにあるサンダルに片足を入れひょいとドアを開けた。


「お、おはようございます。先輩」

「おお水瀬か、どうした?」


「ええっとですねぇ……」

「あ。水瀬さん、おはよう」私もひょいと顔を出して、水瀬さんの姿を見た。


「あ、繭ちゃん。おはよう、来てたんだ」

私の顔を見て何となくホットした顔をした水瀬さん。


「まぁ、上がれや」

「ええ、そうします」


水瀬さんが浩太さんと一緒に私たちの所に来て

「あ、そっかぁ、朝食繭ちゃん作ってくれてたんだぁ」


「ほへ?」

「なぁんだ、そっかぁ」


ちょっと残念そうに言う水瀬さんだったけど

「私もご馳走になってもいい?」

「いいですよ。まだありますから」


「えーとそれと確か有菜ちゃんだったよね。おはよう」

「おはようございます水瀬さん」

有菜が水瀬さんに「もしかして水瀬さんも繭たんが作った朝食目当ですか」


「え、えーと。昨日私先輩に絡んじゃったから。朝起きたら思い出して自己嫌悪になって。そのぉ……先輩怒っていないかなぁ……。先輩昨日は本当にごめんなさい」


「まだ気にしてたのか。別になんでもねぇよ」

そう言いながら水瀬さんの頭に手を当て、髪をクシュッとした。


「本当ですか?」

「ああ、そんな事気にすることでもねぇだろ。お前が気にしすぎなんだよ」

浩太さんからそう言われて、水瀬さんの顔が明るくなった。


「よかったぁ、なんか安心したらお腹すいちゃった」

「準備できていますよ水瀬さん」

浩太さんの隣に、水瀬さんの分のご飯とお味噌汁をよそって置いた。


早く私も済ませちゃおう。このテーブルに4人はさすがに狭い。


「ごめんねぇ、なんか押しかけちゃったみたいで繭ちゃん」

「別にいいですよ。後私も食べ終わるんでそうしたら位置ずらしてくださいね」


でもさぁ、最近この浩太さんの部屋、たまり場の様によく人が来るようになったなぁ。

いいことなのかあんまりよくないのか、家主である浩太さんは何も気にしていないようだけど、ま、そこが浩太さんのいいところかもしれないよね。


でもにぎやかなのはいい。


「あ、それ有菜が最後に食べようとしていた卵焼き!」

「繭たん、卵焼き取られちゃったよぉ」

「はいはい、また今度ね」


もし私が……、家庭を持ったら、こんな風景が毎日見られる家族に囲まれていたい。


そんなことを思い描いていた時、浩太さんと有菜のスマホが鳴りだした。


「あ、姉貴。珍しいな連絡よこすなんて……」

「お母さん、ええ、東京駅まで迎えに来だって!」


なんとまぁ同時になるなんて意味深ななり方だ。


有菜はしょんぼりとしながら電話を切った。


「ごめん繭たん、お母さん荷物多いから東京駅まで向かいに来てくれだって。せっかく今日は繭たんとゆっくりとまた出来ると思ってたのに」


「そっかぁ、それじゃ仕方がないよ。これからもいつでも有菜とは会えるじゃない。今日は仕方がないよ」


「うううううっ、もうお母さん達法事で田舎に行ったのはいいんだけど、おみやげ買いすぎちゃったんだって。まったくやんなっちゃう。私もう行くね。ご飯ごちそうさまでした」


「あ、有菜。制服忘れないでね」

「そうだった。ありがとう繭たん。それじゃ」


慌てるように有菜は私のへやから制服を持ち、いったん自分の家に帰った。


ベランダで煙草の煙をため息の様に吐きながら、浩太さんも電話を切った。


「はぁ、まったくいつも急なんだよ姉貴は」

「どうしたの浩太さん?」


落胆しながら

「今日姉貴の所の甥っ子の誕生日だった。それで、親父とお袋も来るらしいんだよ。だからたまには顔見せろってさ。姉貴の奴言ったら絶対に断れねぇから。昔からそうなんだよ」


「あらまぁ、それじゃ行かないとね浩太さん! ずっと帰っていなかったんでしょ」

「まぁな、実家までは結構な距離だからな。でも姉貴の所だったらそんなんでもねぇからな」


特別気にして言ったわけじゃないんだけど

「おねぇさんの所ってどこなの?」


「ああ、神奈川だ。そう言えば繭、お前も神奈川出身だったな」

「う、うん……そうだけど」


「ええ、そうなの偶然!私も神奈川出身なの」

水瀬さんも神奈川だったんだ。


神奈川、私の出身地。

でも私はあそこにはもう戻る気はない。


ううん、戻りたくない。

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