第52話 悪女にご注意 ACT7

「えーと、カルビ、豚ロースとそうだ塩タン追加で。あと生もう一つ」

「ああ、浩太さん野菜も食べようよ、野菜盛りも一つ」

「まったくお前お袋みてぇだな」


「もうそれって高校生の女子に言う言葉なの!」

「あはは、ごめん、ごめん」


なんだか食べてるの私たち二人だけの様な気がするけど、ここまで来たら食べないと損だよねぇ。


半分ヤケ食い的なところもあるけれど。


でもさぁ、私最近ちょっと太ったかなぁ。ブラがきつく感じるんだよねぇ。まだ成長期? ええ、もういいよぉ。これ以上大きくならなくても、ブラのサイズ換えるのもめんどい。そんなにあっても最近ちょっと邪魔だよねぇ……。と、感じる日々。


でも今はお肉が食べたぁ――い!


その本能のまま食べていたら、ほとんど私と浩太さん二人で食べていた様な感じになっていたよ。


「ふあぁ、良く寝たぁ」

「お、水瀬起きたか」


「あれぁ、先輩私寝てたんですかぁ」

「ああ、一気に飲むからだ。お前も食うか? と、言ってももうじき帰らないといかん時間だけどな」


「うーん、なんだかお腹まだ一杯です」

「水瀬さんビールで満たしちゃったみたいですね」

「ははは、そうみたい」


それはそうとマリナさんの方も結構食べていたみたい。

支払いはマリナさんと浩太さんが持ってくれた。


始めのあのムードを作った浩太さんにマリナさんが「今回は浩太も支払いなさいよ」と「も、もちろんです。何なら俺が全部持ちますよ」


「馬鹿ねぇ、あなたが全部持ったら私のメンツ丸つぶれじゃないの。だから折半! いい!」


「はい、済みません」


本当は私たちも払うつもりでいたんだけど、ここは大人の事情に甘えるという事で、マリナさんと浩太さんに


「ごちそうさまでした」と丸く収めた。


店を出てからマリナさんが「どうする私たちでもう一件行く?」とこれからは大人の時間という事を指し示す言葉を投げかけたが、「今日はおとなしく帰りますよ」浩太さんが誘いを断った。


多分私たちの事を思っての事だと思う。


「それもそうね。でも今日は楽しかったよ。また今度みんなでお食事しましょうね」

そう言残しマリナさんは、タクシーを拾い私たちと別れた。


ぶらぶらと歩きながら、私と有菜。浩太さんと水瀬さんのペアに分かれていた。


「あのさぁ、繭たん」

「なぁに有菜」


「今日はさぁ、いろいろあったなぁって。繭たんと友達にもなれたし、繭たんつながりのマリナさんや水瀬さん。それに浩太さんとも知り合うことが出来た。一気にだよ。こんなこと私初めてなんだぁ。これも繭たんと友達になれたおかげだね」


「そんなこと、有菜がみんなを受け入れてくれたから中に入れたんだと……」


みんなを受け入れた。


そっかぁ、私も有菜と同じなんだよ。私も今までは一人だった。浩太さんと知り合って、その浩太さんの周りにいる人とのつながりが出来た。

それは、私が受け入れられたんじゃなくて、私自身がみんなを受け入れたから、こうして付き合っていられるんだ。


受け入れる勇気に、受け入れない……勇気。


まだ私には受け入れる事の出来ないものがある。そのことを受け入れると多分私自身が崩壊する。


だから私は、ここに逃げて来た。

でも実際はただ逃げて来ただけでなんの解決も、そして前にも進めていない。


そして私自身が今思う事。



私は前に進んでもいいんだろうか……。



「繭たん、繭たん」

有菜が呼んでいた。


「どうしたのなんか急に黙ちゃって」

「ごめん、な、なんでもないよ」

その時、すっと有菜の手が私の手を握った。


「何か悩み事あるんだったら、こんな私だけど相談してね。かえって悩ませちゃうかもしれないけど……てへ」


「ありがとう。別に悩み事なんてないよ、ただ」


「ただ?」


「う――ん、今日お肉いっぱい食べすぎちゃったからまた太るなぁ。なんてね」

「てへへ、それはお互い様だよ繭たん。私だって結構食べたからね。でも美味しかったからいいかってね」


「あはは、あきらめも肝心って言うところかな」


「そうだよ。でもさぁ、繭たんと私同じシャツ着ているんだけど、たぶんサイズも同じだよね」


「そうだけど?」


「なんでかなぁ、どうしてこうも違うのかなぁ。私結構ぶかぶかなんだけど、繭たんシャツぴっちりとしてない?」


「ん? 有菜さん、それは遠回しに私が太っているって言いたいの?」

「違う違う。ほんと違うよ。胸の話だよ! 繭たん物凄くボリューミーだなって」


ああ、そこ指摘されると気になるんだよね。大きいと大きいなりにコンプレックスあるんだけどなぁ。


「はぅ、最近また大きくなっちゃって困ってるんですけど!」


「嘘! マジ? まだ大きくなるの? 私も大きくなってほしいのに、もう成長止まちゃったみたいだよ」


「有菜くらいの大きさがちょうどいいんじゃない。大きからず小さからずてね」

「う―でもさぁ、私も男子からの視線感じてみたいよ。繭たん結構男子の中では巨乳で噂されているらしいよ」


「やだなぁ、そんなに巨乳って言うほどでもないんだけどなぁ」


ほんとそう言うところでしか女を評価しない男って……いたなぁ。そう言えば。嫌なこと思い出しそう。



「ねぇ、繭ちゃんと有菜ちゃん仲いいね」

「ああ、そうだな。繭にだって仲のいい友達が一人や二人いたって不思議じゃない」


「そうだけど。でも何となく繭ちゃん、いつも一人でいるような感じがする子だったから」

「まぁな、誰とでもっていうタイプじゃないよな」


繭と有菜ちゃんを後ろから眺めながら俺たちは話をした。

そんな俺を水瀬はじっと見つめ


「先輩、今日はごめんなさい」

「何がだ?」


「ん、我儘わがままなこと言っちゃって。困らせたでしょ」

「いいさ、別に構わねぇ。悪いのは俺だから」


「またぁ、そうやって自分に非を押し付けて、でもそう言うところ好きですよ。……浩太さん」


「馬鹿、お前から名前で呼ばれると恥ずかしいじゃねぇか」

「そうですかぁ? じゃぁこれから先輩じゃなくて名前で呼んであげますよ」


「だからさぁ水瀬」


「あははは、嘘、先輩は先輩なんですもの。私も名前で呼ぶのは恥ずかしいですよ」

すっと水瀬の手を取った。


始め少し下を俯き恥ずかしそうにしていたが、そっと握る手に力がこめられた。


梅雨の時期特有の少し湿り気を帯びた風が、俺たち二人をまとうように吹き始める。



「もうじき夏になるんだなぁ」

「そうですね。先輩と3回目の夏が来ますね」



少し赤みを帯びた水瀬の顔が、愛おしかった。

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