第18話 つながり ACT2
ピピッ
「39度8分かぁ、下がんねぇな」
病院から帰ってからも繭の熱は下がらない。
冷却枕をあてがい、毛布に布団をかけて横になっている繭。
苦しそうにするその表情を見ていると、本当に大丈夫なのか? と心配になる。
帰ってから繭が口にしたのは、バニラアイスだけだ。
スポーツドリンクも、喉に沁みるからと飲みたがらない。
おかゆでもと思ったが、この調子だと食べれる状態でもないだろう。
本当に薬効いてんのかよ。
疑いたくなる。
しかし、後はやることがねぇ。
ただ、ボーと繭の傍に居たところで、状態がよくなるわけでもない。
そうかといって一人にしておくわけにもいかない。
ベランダに出て煙草に火を点けた。
煙をふぁ―っと口から吐き出し
インフルエンザでもねぇ、なんか悪い菌でも、もらってきたんだろう。と、医者は言っていたようだが、これだけ熱が上がるとなると、相当悪い菌をもらってきたんだろうな。
それとちょっと気になる事を、帰り際に看護師から訊いた。
「多分今までかなり気を這っていたみたいですね」
その一言がなぜか耳に残る。
繭が今までどんな生活をしてきていたのかは俺は分からねぇ。
そんだけ気を張らなきゃいけねぇ生活を、今まで此奴は送ってきていたのか。
いったいどんな生活を送っていたんだ……繭は。
俺と出会ってまだ1か月も経ってねぇ。
だけど、繭を見ていると日ごとに何かが変わってきているのを感じる。
初めて出会ったあの夜。
「18歳になったから自分を解禁する」て、言っていたよな。
自分を解禁するってどういう意味があるんだろうか。
ほんと分らねぇことだらけだ。
煙草の灰がぽろっとベランダの床に落ちた。
「おッと。いけねぇ。何ぼ―っとしてたんだ俺は」
灰皿で煙草の火をもみ消しながら
今頃会社じゃ
分かんねぇことないかなぁ……。
分かんなければ連絡くらいよこせばいいのに。
それとも俺が具合悪いと思って、遠慮してんじゃんぇのか?
何かヤキモキしていると俺のスマホが鳴った。
長野だ!
「ヤァ、出れるだけの気力はあるんだ」
「気力、俺はぴんぴんしてんだけどなぁ」
「あれまぁ、な――ンだ山田が具合悪いんじゃないのか。サボりかぁ?」
「そんなんじゃねぇよ」
「それじゃ……あ、繭ちゃん具合悪いんだ」
「それだ! それ。昨夜から熱上げちまってさぁ。今も40度近く上がってて下がんねぇんだよ」
「40度かぁ、それはきつそうだねぇ」
「そうなんだ、ほっとけねぇだろ。繭は初め大丈夫だって言っていたけど、さすがにここまで来るともう大丈夫だなんて言ってられねぇからな」
「んー、さすがに山田としては、ほっとけないよねぇ」
「なんだその俺としてはと言うのは? ところで水瀬大丈夫そうか?」
「ああ、水瀬さん。いつもと変わんないよ。ただキーボードのキー打つのがいつもより早くなっているくらいかなぁ」
「うっ! なんだ、それじゃ俺がいなくても彼奴は仕事
「そうみたいだよ。部長が『わかんないところあったら訊きに来い』って言ってたの耳にしたけど、詰まる事なく熟しているみたいだね。もう、山田の手助けなくても、立派な戦力になってるみたいだよ」
「……、あ、そう……」
ちょっとショック。
「後で水瀬さんに
「ああ、そうだな。今度飲みにでも誘うか」
「さしで? そん時は僕も仲間に入れてくれると嬉しいなぁ。山田と水瀬さん二人っきりだと、通夜の帰りみたいになりそうだからね」
「あ、それは言えてるな。お前そう言うところは気が利くなぁ」
「なはは、だてに彼女持ちじゃないからね」
「彼女かぁ」
「なんだかしみじみとした声だなぁ。山田には繭ちゃんがいるじゃない」
「だからさぁ、俺と彼奴はそんな仲じゃないんだって」
「分かってるよ。あ、そうだ。でも、今はやめとくか」
「なんだよ、言いかけて」
「いいんだよまた今度話すよ。ちょっと部長の熱い視線がこっちに投げかけられているからこれで切るよ」
「ああ、なんかあったら連絡よこしてくれ」
「分かったよ。繭ちゃんの看病しっかりね」
「ああ、それじゃ」
長野が心配して電話よこしてくれたんだろうな。
ん、待てよ。もしかして長野俺じゃなく繭が具合悪いと思って電話かけて来たのか? だとしたら彼奴は何を企んでいるんだ。
それにさっき言いかけた事、ものすげぇ気になるんですけど。
そろそろ冷却枕もぬるくなってきている頃だろう。
そっと繭の所にって、替えの冷却枕に替えようとした時
「お父さん……」
繭が無意識の中口にした言葉。
「お父さん」
今、繭はどんな夢を見ているんだろう。熱にうなされながら、繭の過去にあったことが蘇っているのか?
俺は此奴の家庭環境に問題があるように思えたが、実際のところどうなんだろう。
繭の過去を知りたい……。
そんな衝動が湧き出て来た。だが、今はそれには触れてはいけない部分だという事を俺は本能的に感じている。
この俺自身がそうだからかもしれない。
「さようなら……浩太」
あの一言がずっと俺を縛り付けている。
今まで気にしない様に、おのずと俺の心の奥深くにしまい込んでいたあの想い。
繭との出会いが、その想いを蘇らせてているのは最近になって感じている。
多分このままではいけないという想いが、それよりも先に俺が感じ始めているからだろう。
繭との出会い。俺にとっても大きな変化が訪れようとしている。
俺たちは今になってお互いの心の傷を、重ね合わさ得てきているんだという事を自覚し始めているのかもしれない。
繭の寝顔。
眺めているだけで……俺の心はどことなく安らぎを感じている。
繭が傍に居てくれるというこの気持ちは、今は隠せ要もない。
俺の心の安心感に変わりつつある。
俺は、繭に……。
いや、そんなことを思っても、考えてもいけないことだ。
繭はまだ……高校生なんだから。
こんな27にもなるおじさんとは不釣り合いだ。
不釣り合いどころじゃない、繭はまだ18歳の未成年なんだ。
俺が……もし、そんなことは考えちゃ、思ってもいけないんだ。
繭にはまだまだ、これからいろんな人生が待っているんだから……。
俺はもう生身の女性を愛する資格はどこにも、残ってはいないんだから……。
気が付けば、俺は繭の横に寝そべっていた。
その俺の手を繭はしっかりと握っている。
「おはよう……浩太さん」
繭はじっと俺の目を見つめ名前で呼んだ。
引き付けられるように俺は繭の唇に俺の唇を重ね合わせた。
恥ずかしそうな顔をしながらも。
繭は……幸せだよって、……言葉はなくともその想いがその唇から伝わって来た。
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