第204話 前略、回転と技術と

「どうしよリリアン、なんかあたし殺されるっぽいんだけど」


 あぁ……多分、奴だ。

 初めて会ったのにビビッ、とくる感覚。不審者特有のため息がでそうになるくらいの呆れ感とでも言おうか。


「そのようですね」


「なんとかならない?」


「ならないでしょうね、思い込みの激しい人なので」


 実際にため息をつきながらリリアン。

 嫌だなぁ、別人だったりしないかな。たまたまリリアンの知り合いに似てるだけで、たまたまここに来てたまたまあたしに敵意を向けてるだけ、なんて。


「ヒバナはね、思うのよ。負ける戦いはするべきじゃないの。どんな小さい勝負でも、ズルでも反則でもして勝つべきだわ」


 その為に人を殺す?

 バカだと思う、好きじゃない。なんなら嫌いだ、実際に手を出されるまで口には出さないけど。


 そんで聞きたくはなかったし、知りたくもなかった。

 ハッキリと聞こえた一人称、残念ながらこの人は何度か話に出てきた放火魔みたいだ。


「もっと小さい子だと思ってたよ」


 聞かれると面倒そう、プライドも高そうだ。

 距離もあるし聞こえないよう、リリアンに正直な感想を伝えてみる。


「私も詳しくは知りませんが、私が作られた時にはもう屋敷にいましたね」


「じゃあ少なくとも二十代か三十代……?」


「そうなりますね」


 んーー、やっぱり異世界人って若く見えるよね。

 そうゆうことを考えるたびに思うけど、リリアンって何歳なんだろ。


「なにゴチャゴチャ話してんのよ」


 不機嫌そうな顔と声で放火魔……もといヒバナは言う。

 まだギリギリ不審者候補、これ以上なら敵。


「リリ、離れてなさい。じゃないとソイツもろとも焼くわ」 


 肌が……ひりつく。

 魔術だ。分かってたことだけど炎の魔術、その準備。


「はぁ…………セツナ」


 呆れ……というかやれやれ……といった感じのリリアン。

 この反応を見る限り、いつものこと、というやつなんだろう。苦労してるね。


「少し強めに叩いてきてください」


「ん……いいの?」


「このままだと本当に港ごと焼き払うかもしれませんので」


「迷惑な人だなぁ」


「良い人なんです。ただ頭が少々……その……」


 悪いんだね。おっと、弱いんだね。

 まぁ、でも……そこまで言うなら止めるかな。このままだと放火魔ってかテロリストになりかねない。


「分かったよ。リリアン、離れててね」


 あたし目掛けて魔術が飛んでくるなら近くにいちゃいけない。巻き添えにするのはごめんだ。


「正しい判断ね……さぁ、消し飛びなさいっ!」


 それに……


「殺す殺すって……いつまでも言われるのも癪だしね」


 悪いけど、負けてやる気もない。

 そんで本気で殺し合い気もない。強めに叩いて、一撃一瞬で……終わらせるっ!


「吹け、吹け……盟約の……っ!てぇ!?」

  

 どこから取り出したのか、分厚い本。

 辞書くらい分厚いけど、加えて大きい。まさに魔導書って感じの本。

 それが浮いてる、便利そう。杖より便利そう。


 暑い、熱い、今度はひりつくなんてもんじゃない。

 肌を焼く熱があたしの周囲を囲む、でも……遅い。


「セツナ──」


 剣を抜き、そのままブン投げる。大事なものだけど、このぐらいで傷つかない事を知っている。

 ほんの一瞬動きが止まればいい、そう思ったんだけど随分大袈裟に避けたな。まぁ、いいや。


「ドライブっ!!!」


 熱が本物の炎に変わることはない。

 詠唱は止まった。世界の加速に伴い、二人の距離は消え去る。


「は?え……ちょっとぉ!?」


 なんでそこに!?とでも言いたげな表情。

 いいね。ビックリドッキリの初見殺しはこの顔を見るためにある。


「───打つよ」


 着地した左足、つま先はほぼ百八十度後方。

 さて……どこを打とうか、顔、胸、腹。


「ちょっと待ちなさいよ!?待って!!!」


 顔……はダメだよね。悪人じゃないただアホなたけだし。

 胸……は脂肪が邪魔。力が伝わりきらないかも。

 腹は……んー、胃はよくないよねぇ。ご飯が美味しく食べられない。


「待たない……よっ!」


 よし、胸にするか。

 心臓のあたりを強めに……叩く!


 回転、足りない力を補う素晴らしい力。

 模倣の為、日頃のストレッチが生んだ柔軟な足首。

 ポムポムとの特訓で教わった腰の回転、そして手首のスナップ。


 拾い集めて、寄せ集めて、繋ぎ合わせて。

 あとは異世界パワーも少々加えて、これがあたしの必殺の平手打ち。


「ス…………っ!パァーーーン!!!」


 打つ、押し込むよりもすんでのところで引くイメージ。

 アホみたいな擬音が口から出たけど、まぁいいや。


 グーだとなんかイメージがズレるんだよね。


「なんでぇーー!?」


 すっとんきょうな悲鳴を上げてヒバナは吹っ飛ぶ。

 海の方に飛ばしたけど、泳げるかな。


「お見事、良い仕上がりですね」  


 セツナドライブも安定してる、それに合わせた回転も好調。

 他の必殺技から派生した技術だけど、いつか他のなにかになるのかな。


「ありがと、なんかあっさり決まっちゃった」


 リリアンにお披露目できて良かった。

 いつまでも弱っちいままじゃないって、目の前で見せれて良かった。


「今現在、魔術師にも運動能力が求められますからね。後方で魔術を唱えるだけの魔術師の需要は高くありません。ヒバナさんは、後方でふんぞり返りながら長々と詠唱するタイプなんです」


「んー……つまり?」


「やや頭が弱いんです。事実として強力ですが、いささか時代遅れかと」


 魔術業界も大変だ。

 やはり時代の流れとそのニーズに適応できないとやっていけないのか、世知辛い。


「大変だねぇ……さて!」


 あとやる事は……


「んじゃ、海から引き上げてくるよ。あの服じゃ泳ぎにくいだろうからね」  


「えぇ、お願いします。私は投げた剣を回収してきます」


 目を回していて、泳ぐのが苦手だったヒバナを引き上げるのは面倒だった。

 やりすぎちゃったかな?まぁ、お互い様ってことで。

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