第186話 前略、改良と許容と

「いや、さ……!」


 もう他の参加者もいない。

 ぶよついた、丸みのあるシルエットを追いかけながら。


「なっっっがいよっ!」


 もう大分走ってる、ほとんど坂も降りきっちゃった。

 途中、誰かの掘った落とし穴にハマりかけた。許せない、犯人はかならずシバく。


「卑怯者っ!てゆうか仲間置いてくな!」


 ちょっとそれは見過ごせない。いや、最初から見過ごす気はないんだけど。

 

「あぁーーもうっ!」


 なにがパワードスーツだ、異世界からスキルを使えスキルを。

 そりゃスキルで作ったと言われたら言い返せないんだけどさ!


 引っこ抜かれたり、へし折られた木。

 それが投げつけられる。お忘れかもしれませんが生き物の背中だぞ、勝手がすぎる。


 もう少しで日が暮れる、時間がない。

 それにいい加減腹も立ってきた、もう回り道をしたり、避けたりするのはなしだ。


「そんなもんで……あたしが止まるかぁぁぁっ!!!」


 抜剣、今度は木刀じゃない。

 その気になれば鉄だって斬れる、いくら硬かろうが木なんて常温バターと変わらない。


 スパッ、と斬って突き進む!

 二度、三度、繰り返す。アッチは振り返る、コッチは減速なし。


「あたしの進む道の邪魔をするなら……斬り伏せて、進むっ!!!」


 大きめ、引っこ抜くのに時間をかけたみたいだけど、残念だったね。

 装備変更、長いの。障害になんてなりようもない。


「っていうかそんなにいろいろできんならマトモに働けば!?」


 いや、本当にそう思うよ。

 リリアンのお母さんもそうだし、ナナさんとか、あとポムポムも方足突っ込んでる。

 魔術があって……いや、魔術があるからそうゆう技術って大事にされるんじゃない?


「うっるせえっ!お前に何が分かるってんだ!」


「なんにも分かんないよ!」


 結局、そうだ。

 前に同じ事を言われた時は分かったようで、多分ちょっと足りてなくて。


 人の事なんて、分からない。

 言ってくれなきゃ分かんない。

 

「でもなんか……なんかヤダよ!いろいろと!」


 でもさ、ほら、手は差し出せると思わない?

 名前も知らないし、きっと街にとって迷惑だし、今も敵対してるけど。


 それでもさ、行き場がない人を見るのはヤダよ。


 あぁ、椎名先輩。

 あたし、やっぱり好きみたいです。人間ってやつが。  

 

 だから今日も頑張ります、明日も頑張ります。

 大丈夫です。上手くいかなくても弱音を吐く事を覚えました、聞いてくれる人もいます。


 だから痛いも怖いも辛いも苦しいも悲しいも嫌だも忙しいも労しいも憂いと疼きも全部何もかも。

 背負って飲み込んで受け入れて、みんなが笑ってられるように頑張ります。


 多分、それが一番の幸せだと思う。あたしの。


「だから、退かない避けない、押し通す!」


 最後っ屁とでも言おうか。

 持ち上げられる岩。石、というにはちょっとね。


 例えば言ってしまいたい。

 もう無理です。って、大好きなあの人へ。

 例えば泣きつきたい。

 助けてっ!って、大切な恩人に。


 でも、そうもいかないよね。

 生きてるとか死んでるとかじゃなくて、世界が違うとかどうじゃなくて。


 いい加減、あたしも後ろじゃなくて隣に立つべきだ。

 またまだ、まだまだまだまだまだまだ遠くても届かなくても。


 多分、それは諦める理由にならない。

 諦める理由にしちゃいけない。


「…………なんでだろうね」


 投げつけられる岩、それはぶっ壊す。

 心は決まってるのに、なんでかな、なんでだろうな。 


「なんでそっちなんだろうね、ホント」


 目をつぶった時、浮かぶ顔は想像とは違ってて。

 意外と浮気性なのかな?良くないぞ、セツナ。


 なんて、理由は分かってる。

 この異世界に来て、あたしが本当に欲しかった言葉をくれた人。

 このまま一緒にいたらあたしが一番ほしくない言葉をくれる人。


 だから、そんな事を考えたから今だけ一瞬、塗りつぶされただけ。浮気じゃない。


 さて、構えよう。

 グッ、と身体を引いて。両手は柄、大振り横一文字の構え。


「いざ───」


 ん、ちょっと遠いね。ならあたしからも近づこうか。


 助走、飛ぶ、世界が加速する感覚。

 距離の目測はバッチリ。着地、それに伴う剣の加速。 


 持ち替えた大剣。

 斬撃が横一線に通る感覚。まだ止まらない、まわれ軸足、飛べ身体。


 振り下せ、必殺のぉ!!!


「滅っっ十字っ!!!」


 あの大岩はまだ無理だけどさ、どう?なかなかでしょ。


「で、どうする?」


 あれ以上の投げるものはまわりにない。

 

「できればさ、もうやめない?仕事くらいいくらでもあるよ」


 なんなら手伝うし、いつだってこの世界は温かい。  

 何度も言うけど、大体の事はごめんなさいですむのだ、


「まぁ、納得できないならしょうがない、か」


 それがこの世界のコミュニケーション?

 それならそれでいいや、最終的に分かってくれるなら問題ないよね。


「いくよ……!改良版っ!」


 コッチからも飛ぶ、そして打ち込むっ!


 右、掌底、左、肘打ち。

 

「そんで……」


 三発目、左膝。バランスの修正、前に倒れ込む不安定さを不安定なまま整える。

 四、五、拳、掌底。


「ラストぉ!」


 打ち上がった身体に叩き込む、回し蹴り。

 最速ではないけど、六連撃。これが改良版、そんであたしverの───


「リッカリョウランっ!!!」




 …………ちょっとやりすぎた、かも?

 イヤでも、ブニってしたし……大丈夫だよね……?


 最後の蹴りは結構本気でやっちゃった。

 散々生き物の背中と言いながらも、木にぶつけてへし折っちゃった。


「……クソっ、が!」


「良かった、生きてる」


 さすがパワードスーツ、すごいぞパワードスーツ。


「クソ、ガキがぁ……!」


「…………一応、一応聞くんだけどさ、ガキの定義的なの」


 なんだろ、一瞬、視線が、気に食わない。


「マトモに働けだぁ?ならてめぇを売りさばいてやんよ、なんの色気もねぇんで値もつかねぇだろうがなぁぁぁ!!!」


 …………ふむ、ふむふむふむ、よし。

   

「殺すっ!!!」


 向かい来る宇宙服、歩くあたし。

 落ち着け落ち着け、脈絡もなく体型を貶された事なんて怒ってない。

 

 アレだ、こんなに言っても伝わらないのかっ!

 そんな言葉の無力さを嘆いているのであって、私怨は一切ない。


「がぁっ!」


「うるさい、歯を……食いしばれぇっっ!!!」


 グッ、と身体を引いて、できるだけ速く。

 スパッ、と振り抜くなら、拳より手刀より平手の方がなんか強い気がする。


 いや、ホント。

 反省してほしいからであって、他意はないんだけどね?


にしてもコイツら、独占か身売りしか芸がないのか。嘆かわしい、街の商売根性を見習ってほしい。


「あんっ!ぎゃぁっ!」


 最速、全力の平手を叩き込んで、転がす。

 聞いたことのない悲鳴。あっ、ソッチは行き止まりだよ。


「待て!待て!」


 一歩、一歩、一歩。

 歩く、近寄る、縮める。間を、距離を、間隔を。


「わ、悪かった!」


 腰から再び剣を抜く。大丈夫、斬れないから。


「反省したっ!真っ当に働くからよっ!」


「……本当に?」


「あぁ!アイツらにもそう伝えるっ!」


 そっか、なら手伝わないとね。

 でもその前に、ね?…………ね?


「お前っ!さっきまでそれっぽいこと言ってたのに、なに振り上げてんだよっ!!!」


「んー…………お仕置き?」  


「待て待て待て待て!いいのか!俺は世紀の天才悪の頭領!その名も……」


 その続きは起きたら聞くよ。


「せーーーーーーっ、のっ!!!!!」


「あぁぁぁああえあーーーーっ!!!!!」


 なかなか汚い悲鳴をあげながら、悪の頭領は倒れた。


 …………あ、今回は振り下ろしたよ。

 許容できない事って、あるよねぇ。

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