第150話 前略、不審者とデートと

「んー……ぜんっぜん記憶がない」


 いや、昨日の演劇の事も覚えてるし、フードファイトの女王になった事も覚えてる。

 もちろんその後にリリアンからデートに行こうと言われたのも、待ち合わせが十一時なのも覚えてる。


「リリアンの勘違いだね、多分」


 テキトーに具を挟んだサンドイッチを齧りながら、ついさっきの会話を思い出す。

 んー、やっぱり勘違いだろうな、あたしが酔って屋根から落ちたなんて。

 大して自慢できる事でもないけど、バランス感覚には自信ありだ。

 その気になれば手放しで梯子だってのぼれる、多分。


「一緒に食べていけばよかったのに」


 リリアンは朝ごはんに作ったサンドイッチを持って、さっさとでかけてしまった。

 待ち合わせがしたいにしても早すぎる。まだ早朝と言っても差し支えない時間だし。


「あたしも出るかな」


 最後の一切れを放り込み、水で流し込む。

 普段から眠りが深いからか、あたしに二度寝という選択肢は基本的にない。


 どうせ起きてるなら、街を回って時間を潰すかな。今はあたし宛の依頼もないし。


「んー……リッカのとこでも行こうかな」


 それとも魔物でも退治しようか。でも街の外にでると戻ってこれないかも、万が一遅れたら後が怖い。


「んん!?」


 ぼーっと予定を考えていると、地面が弾けた。

 正確には工房の地面が、弾けた……吹き飛んだ?

 

 なんにせよおかしな事が起きた。なにが起きたってそこから人が這い出してきた。


「泥棒……?」


 椅子から飛び降りて戦闘態勢。

 戦闘態勢……なんだけど……んー?


「セツナ……お前、家主に向かって泥棒呼ばわりとはな……」


「あ、不審者二号」


「ぶっ殺すぞ」


 地面から這い出してきた不審者は、最近まるで姿を見せなかったこの工房の主だった。

 なるほど、地下があったのか。穴からは階段が見える。


「失敬。不審者二号こと、元師匠のノアさんじゃないですか」


「あぁ?私はいつ降格されたんだ?」

 

「最近見なかったので、大変だったのに」


「お前の為に仕事してたんだよ、リリに騙されて酷い目にあったぞ」


 ?………………あぁ!そっかそっか!完全に忘れてた!

 確かにそんな話もあった、リリアンが言葉巧みに騙して、不要だけどあたしの剣を作らせてたんだった。


 んー……なるほどなぁ……仕事に集中する為ににこもってたのか。

 

「……すみません、てっきり働きたくないから逃げたんだと思ってました」


「お前の中で私はどんな奴なんだよ……」


 捻くれた不審者二号……とは言えないので。


「尊敬すべき偉大な師匠ですね」


「……悪い気はしねぇな」


 ちょろい。リリアンに甘いし、褒め言葉に弱い。


「依頼、溜まってますよ」


「あぁ?セツナがやっておけよ」


「あたしじゃなくて師匠宛です」


 あたしが師匠の名前を借りて仕事を引き受けてたので、師匠の名前も売れている。

 もとより腕良い鍛冶師がいるとは知っていても、依頼の仕方が分からなかったので、こんなになっている。

 あたしは聞かれたから、入口と依頼を置く場所を教えただけだ。


 師匠は面倒くさがりだけど、人でなしではない。……と思う、思いたい。

 ちゃんと入口から入ってきて、お金を積めば依頼を受けてくれる。

 あと個人的に腕があるんだから、もっと評価されてほしいんだ。あたしの師匠はすごいだろ、だ。


「そういや不審者一号は誰なんだよ、リリか?」


 一応作った師匠用のサンドイッチを頬張りながら、そんな事を聞いてくる。

 なんて失礼な、リリアンが不審者なわけないでしょ。


「あたしの友達です。ピンク色の髪をしててカラフルな服装で、自分の背よりも大きな杖で魔物を一撃で吹き飛ばす。基本的に無表情で関節技が特技の魔術師です」


「いねぇよ、そんなやつ」


 いるんだなぁ、これが。

 ついでにいうと意外に友達思いで、本当は慌てん坊で、あたしのブーツを改造してくれた人である。 


 ポムポムやシトリー、それに他の魔術師達は元気にしてるかな。

 なんとなく街中で聞いた話だと、ある程度は復興したみたいだけど。


「完成したんだからちょっと振ってみろよ」


 クイックイッ、と親指で出てきた穴を指される。  

 しかし残念ながら、今日の予定はもう決めてしまった。


「ちょっと今から予定があって、後でいいですか?」


「お?私が散々徹夜した作品を振るよりも、優先される予定だと?なんだ言ってみろ」


「デートに誘われたんです。モテるんで」


「はぁ!?」


 ややキレ気味にあたしを掴みながら、師匠が詰め寄ってくる。


「テメェ……リリがいながら随分と良いご身分だなぁ……セツナぁ!」


 怖い怖い怖い。

 なんだこの人どっからツッコめばいいのか。


「そのリリアンから誘われたんだけど……」


「…………そうか、悪かった」


 スッと身体を離される。

 この人、リリアンの事になると本気すぎる。シスコン不審者め。


 だいだい同性のデートなんだから、ただの買い物の決まってるだろうに。

 もちろんあたし達は非常にプラトニックな関係なので、なんの間違いもおきないしね。


「……それなら後でもいいか。ほら、早く行け。待たせんなよ」


 リリアンの名前をだすと、大分甘くなるなこの人。

 まぁ、待ち合わせまで大分時間はあるんだけど、さっさと出ておくとするか。




「いいじゃんいいじゃん!大分形になってきたよっ!」


「そう?慣れない動きばっかりで困っちゃうよ」


 なにをしてるか。いわゆる特訓というやつである。

 苦手だ、本当に苦手だ。人に身体を預けるのも預かるのも。


「リッカは今日お休み?」


「うん、いろいろ壊れちゃったからね!」


 ……確かに、それは物理的に無理だ。

 特訓が終わり、あたし達は時間潰しに港までやってきた。

  

「なんとなく、こうゆう場所の海は嫌な匂いがするイメージ」


「ふーん?」


 いい景色だ。青い空と蒼い海。海の香りも悪くない。

 燦々と降る太陽の光、活気のある雰囲気も心地がいい。


「道?」


 港の中で、海をからどこかに続く道がある。  

 

「あっ、セツナ!」


 ブーツを脱ぎ、あたしの身長と同じくらいの高さを飛び降りて、その道に降りてみる。

 

「ん、気持ちいい」


 足首まで水に浸かり、少し歩く。

 1キロ……もうちょっとあるかな。でもこの道の先になにかあるようには見えない。


「とうっ!」


 あたしの後ろにリッカも降りてくる。


「ダメだよセツナ、勝手に飛び降りちゃ」


「ごめんごめん、なんか気になっちゃってさ。これなんの道なの?船の邪魔にならない?」


「ただの道だよ、亀に会いに行くための」


 亀?なんで?

 気にはなるけど、これ以上首を突っ込むのもよくない。


 海で遊びたい気持ちはあるけど。泳げないらしいし、どうせならリリアンと合流してから来るとしよう。


「どうするセツナ、これからどっか遊びにいく?」


「ん、行きたい気持ちはやまやまなんだけどね、あたしはこれからデートなんだよね」


「デート!?」


 リッカは目を丸くして、あたしに詰め寄る。

 ん?なんかデジャヴ。少し前にもこんな事があったような……?


「え!?なんで!なんで誰とどこで!?嘘嘘嘘!ないないっ!ありえないよっ!」


 なんて失礼な反応をするんだ。

 そろそろなんでもアリの喧嘩で、決着をつけるべきかもしれない。


「いやいやいや、昨日の夜に誘われちゃってね。星空の下でロマンチックにね」 


「ふーん?もしかしてリリアンちゃんから?」


「まぁ……そうなんだけど」


 強がりを一瞬に見破られると悲しい。


 いや、違うんだよ。昔は大分目つきが悪かったらしいから、ちょっと避けられ気味だっただけで。

 今の優しい顔つきならもっとモテモテだったはず。自分で言うのもアレなんだけどさ。


「…………いいじゃんいいじゃん!やっだ!リリアンちゃん頑張ってるっ!」


 頑張ってる?なんでリッカの師匠も、ただの買い物にそんな本気になるんだろ。


「幸せにしてあげなきゃねっ!」


「んん?まぁ、あたしもそう願ってるよ」


 恩人の幸せを願わないやつなんていない。


 まだ大分時間はあるけど、やけにテンションをあげたリッカに見送られながら待ち合わせ場所に向かった。

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