第69話 前略、偽善と希望と

「あぁー、それまだ持ってたんですねぇ」


 異世界転生が行われればほぼ確実についてくるもの。

 チート、能力、特典、言われは様々だが、何かしらのアドバンテージが得られる。

 ……らしい、あたしもあまり詳しくはないけど。


「うん、使う機会がなかったからね」


 あたしも例にもれず、いくつかの特典をもらった。

 

 この世界において技能の習得に必要なスキルポイント、それも9999という莫大な数値。

 1度死ぬまでの間、大幅な身体能力の上昇。

 エセ天使への質問権。

 そして、大体なんでも叶う券が2枚。


「最後に残ったのがこれでよかったよ」


 その中の大半をもうなくしてしまったけれど、1枚だけ残っている。

 本当によかった、これだけは無駄使いしなくて。


「ねぇ天使、率直に聞くけどさ。どこまで叶う?」


「1枚なら学園か命かどちらか、かな」


 やっぱり万能だけど万能じゃない、これだけで全てが解決とはいかないか。

 あたしの大体何でも叶う券は、最初にあたしの命に使ってしまったので、失った何かを取り戻す事しかできない。

 それでも命が救えるならなんでもいい。


「1枚なら……」


 リリアンは……なんだろう?

 なんでそんな顔をしてるんだろうか。

 そんな取り返しのつかない事をした表情を。


「もし、それが2枚あったなら全てが元通りだったんですね?」


「まぁ、そうなりますね」


「…………」

 

 そうか、あたしはリリアンに殺されて1枚目を失った。

 おそらく、嫉妬とよべる感情で。リリアンはそれを悔やんでいるのか。


「気にしないでよ、1枚目は事故みたいなもんだしさ」


 本当に気にする必要はない、リリアンがいなかったらとっくに10枚分くらい死んでる。

 もしそれでも気になるなら。


「付き合ってくれる?今度は一緒に無茶しよう」


 なんだかんだ1人で戦う事の方が多いけど、あたし1人ではどうにもならないのは事実だ。


「はい、今回は一緒に無茶しましょう」


 顔を上げて、同じように返してくれた。

 それなら怖いものなしだ。

 

 それからリリアンは、自分の両手の枷を繋ぐ鎖を見ながら考え込んでいる。

 なにか思う事があるのだろうけど、あたしにはどうにもならない事だ。


「あの〜話がまとまったところで申し訳ないんですけど〜」


 んん?まだいたのかエセ天使、もう用はないんだけどなぁ。


「セツナン、私はセツナンが今回首を突っ込むのは反対だな」


 なんだなんだ、ようやくあたしとリリアンの考えが一致したのに。

 文句があるなら、天使パワーでドラゴンを倒してほしいんだけど。


「それは無理。ふらふら飛んでたらセツナンがまたトラブルしてるなぁ、って来てみれば。また危ない事しようとしててさ」


 そんなのいつもの事だ。

 それにもしかしたら、彼に勘違いをさせた責任があたしにはあるかもしれない。


「それにさ、次の街で同じような事になったらどうするの?ここだけ救うのは本当に正しいの?」


 分からない、分からない。

 

「それは偽善じゃないの?自分が見たくないもの見ないための逃げじゃないの?」


 分からない、分からない、そうかもしれない。

 でも偽善というのは嫌いな言葉じゃない、本心からじゃないかもしれない、うわべだけのことかもしれない。 


 それでも、分からないことづくしでも、今はそれが正しいと思う。


「ここで何もしないのはあたしの今までの否定になる気がするよ、偽善でもいい、後の事は後で考えるよ」

 

 真っすぐ天使を見て言う。

 やはりあたしはそんな生き方をする、時浦刹那はそんな生き物だ。 


「私はさ、天使としてじゃなくて友達としてセツナンが心配だよ。いつもそんなに苦労することないじゃん」


 友達……天使はあたしを友達と呼んだ。

 あたしと話す時だけ砕けた口調、その声色はあたしを本当に心配していた。


「あたしは友達に恵まれてるね。大丈夫、死なない、約束するよ」


 もとから死ぬ気はないけど。生きて帰ろう、友達もそう願ってくれてる。

 そして諦める選択肢はない、それは憧れから遠のく事だ。

 夢を見てからより強く思う。いや思い出した、かな?


「そっか、残念だけどこれ以上は何も言わないよ」


「ありがと、頑張るよ」


 よし、頑張ろう。あたしの手の届く……とは言い難いけど手を伸ばしてみよう。


「あ、そうだ」


 リリアンと次はなにをしようか、そんな話をしようとしたら天使が声をかけてくる。


「もう少ししたら炎は消える、何人か生きてるよ」


 それだけ伝えて、じゃあね!と飛んでいく天使。

 その姿はとても真っ当な天使で、最後に希望のある言葉を残していった。


「行こうか、まだ希望はあるらしい」


 炎の方へ向かった、希望を求めて。

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