第58話 前略、過去と夢と

「はて?」


 ここはどこだろうか、いや待って、大丈夫。

 学園だ、元の世界の、あたしの通っていた。


「帰ってきた……わけじゃないよね」


 これは夢だろう、自分で夢とわかる夢を、明晰夢というだったか。

 その証拠に誰もあたしを気に留めない、というかすり抜ける。


「あぁ、なるほどね」


 ここは夢、しかも過去の。

 まぁ、夢だから確証はないけど。あたしが着ている制服が中等部のものなのでそう思う事にした。

 

 あたしの通っていた学園は中高一貫校。とても大きな校舎に全ての生徒がいる、なかなかに楽しい学園だった。


「ヤバいな、あたし」


 あたしのいる教室、目の間にいる男子生徒。

 記憶よりも少し幼い友達の名前が思い出せない。いや……分からない?

 

「ちょっと薄情すぎやしない?」


 あたしはこんなに、冷たい人間だっただろうか。

 

 たしかに記憶力はあまり良くないが、友達の名前を忘れるのはちょっと薄情すぎる。

 ……夢だから記憶がぼやけていると、言い訳をしておこう。


「ごめんね」


 その申し訳なさから逃げるように、あたしは久しぶりの校舎を少し歩いてみる事にした。


 日付を見る。夢のくせにやけに具体的な、今から3年前の日付。

 別にこの日付に意味はない、なんてことはない日常だ。


 ただ、この日のあたしはまだ今のあたしじゃない。変わるのはここから2ヶ月ほど先の話だ。


「部活に顔をだそうかな……」


 それもいいかも。

 夢の中なのに場面転換などの気が利かない事に少し腹を立てながら、とりあえず部室を目指すことにした。

 

「相変わらず、遠いなぁ……」


 学園が広いなら目的地も遠い、当たり前だ。

 それにしても……


「あたしの学園生活は、こんなにも女っ気のないものだっただろうか?」


 0ではない、だが声をかけるほどの友達に男子が多いのだ。

 かつてはあたしも1人の女の子として、暇さえあれば恋バナに花を咲かせてはずなのに。

 ……いや、バカ共と騒いでた記憶の方が多いな。

 

 友達の名前も思い出せないのにそんな事ばかり覚えてる。忘れたというより抜け落ちてる。

 つまり……


「あのエセ天使め……!」


 思い当たる、あれしかない。

 あたしがネオスティアにくるまでに、3度強い衝撃があった。

 1度目は流れ星。

 2度目はハンマー。

 3度目は落下。

 その全てがエセ天使の仕業だった。

 つまりだ、あたしはネオスティアにきてから、衝撃的な事が多く記憶が薄れてるんじゃない。

 物理的な衝撃で、記憶が抜け落ちてるのだ。


「今度会ったら、ただじゃ置かない」


 心の中で報復を誓い、部室への足を速めた。


「んん?」


 懐かしい部室を軽く見終わりグラウンドへ、陸上部の仲間たちを見に来た。

 見に来たのだが……こんな部員は陸上部にいただろうか?


「誰だコイツ?」


 あたしに似てる?いや、あたしはそこまで特徴がない。そしてこの男子生徒にも。

 つまりよくいる顔だ、顔は。


「陰気な顔だなぁ」


 陰気と言うかなんというか、とにかく明るさとは真逆の表情。その追い込まれたような顔が、暗さに拍車をかけている。


「部活は楽しくやるものだ」


 謎の部員は1人で走ってる。必死に、グラウンドの隅で、ちょうどこの頃のあたしのように。


「まぁ、気持ちはわかるけどさ」


 1人は楽だ、今でもそう思うあたしがいる。

 でもさ。


「1人はつまらない」


 そう呟いた時、謎の部員は転けた。追い込みすぎ、そりゃあ足だってもつれる。 

 間抜けな部員を見ていると……


 あぁ……そうだよね。


 ここはあたしの過去の夢、それならいない方がおかしい。

 綺麗な長い髪。身体は小さくとも、その自信に満ち溢れた大きな瞳は頼もしさを感じさせる。

 1人だけ高等部の制服姿で、女生徒は倒れた謎の部員に駆け寄る。


 手を差し出す、倒れた部員に。

 そいつはあろうことかその手を振り払った、そんなところまであたしの真似をしないでほしい。

 

 その手は振り払ってはいけない。なぜなら、自分がその後に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

 

 それでも女生徒は、謎の部員に何かを話している。

 そして、太陽の方角。あたしを指差して、何かを自信ありげに言っている。


「明日は前にしかない」


 あたしの記憶通りなら、初めてこの言葉を聞いたのはこんな場面だった。

 正直、今でもちょっとだけ恥ずかしいし、ありふれた言葉だ。だけど……


「いい言葉だ」

 

 あたしを……太陽を指差す。つまり必然的に目が合うわけで。

 言葉がでない。過去の、夢の映像だとしても。その楽しげで、夢のある表情を見ていると自然に言葉がこぼれてた。


「先輩。あたし、同い年になっちゃいましたよ」


 女生徒……先輩は笑った。あたしにではなく、謎の部員に向けて。

 それでもなんだか嬉しくて、伝わらないけど伝えたい事が溢れてきて。


 それを伝える為に駆寄ろうとした時、あたしの夢は終わった。

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