第34話 前略、アニキと敗北と

「流石に強いね……」


 それもそうだ、言ってしまえばこの街の大ボスみたいな存在だ。

 いつも誰かに助けてもらいながらのあたしが、勝てる道理もない。


「でもまだ止まれない!」


 もう一度踏み込む、弾かれ、いなされる。ならもう一度!


 目まぐるしく武器を変えて攻め続ける、【山賊の目】でも弱点らしい弱点は見えない。


 それがなんだと言い聞かせて、自分を奮い立たす。


「確かに素早い」


 あたしの剣撃をさばきながらこちらを品定めするように話す。


「だが軽い」


 また弾かれる。ダメだ……ラルム君の呼吸法が乱れる、えっと……リッカが教えてくれた構えはどうだったっけ?


 思考が乱れて纏まらない。孤高なる暗黒騎士から学び、日常生活にも取り入れた歩法すらままならない。


 1つの綻びが連鎖してさらにあたしを焦らす。

 ふらつき、吹き飛ばされる。


 なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで!


「どうして勝てない!なんでうまくいかない!」


 思わず叫ぶ、らしくない、取り乱すな。

 でも自分が抑えられない。だって……だって!


「教わったんだ!強くなるため!言われたんだ!成長しろって!」


 こういう場面でそれができなくて、だれに顔向けしろって言うのさ!諦めるな!諦めるなよ!


「弱いな、安心しろ。救ってやるさ」


 構えるアニキさん、雰囲気からして必殺の一撃がくる。そうはさせない!


 装備変更、両手剣へ、間に合うか?


「いや、間に合わす!」


 あたしの渾身の振りおろしは、半歩下がるだけで躱される。アニキさんは構えをとかないままに。


「眠れ」


「断る!」


 振りおろしの状態のまま装備変更、盾へ。硬直をキャンセルし正拳突きに合わせる。防いだ!


「うっそ……」


 大きく後ろに吹き飛ぶ。

 嫌な予感に盾をみれば、始めからそこになかったかのように持ち手だけを残し消え去っていた。


「わかったか。これが最速だ、悪いことは言わない。君は弱く私は強い」


 吹き飛んだあたしに、諭すように話す。


「何度でも言おう、戦いは私たちに任せ、安らかに生きろ。君の幸せを願ってのことだ」


 優しいな……本心からだろう。この人もまた自分の信念がある。譲れないものが。


 だけどそれはあたしも同じだ。あたしの幸せはまだわからないけど、その生き方が不幸せなことはわかる。

 さぁ、立ち上がろう、諦めるにはまだ早い。

 なぜならあたしは主人公だから。


「悪いけど、もっと速いのを見たことあるよ」


 吹き飛ばされて少し、冷静になれた。挑発、まだ手はある!あたしの必殺技が!


「興味深いな、それが本当なら」


 言葉と裏腹に興味なんてなさそう。ならみせてあげるよ、最速を超えた刹那の斬撃を!


「みせてあげるよ、あたしのとっておきを!」


 距離は取れてる。さぁいこう!


 1歩、2歩──まだちょっと


 3歩、4歩──もうちょっと!


 いつものルーティーンで助走。今、5歩目!


「『セツナドライブ』!!!」


 踏み込む、飛ぶ、世界は加速する。もう1歩。


 あたしの、あたしだけの時間だ。


「速さはあるが、刹那とは笑わせる」


 あぁ……自分でもわかってる、タイミングもジャンプも全てが乱れた。 

 アニキさんの目には、多少速い攻撃にしか映らなかっただろう。


 その証拠に、今まで絶対の自信があった、あたしの必殺技は受けられ。

 そのカウンター気味に剣を折られる結果になった。


「諦めるな……諦めるな……」


 呟く、もう叫ぶ気力もない。

 ふらつきながら立ち上がる、これじゃあ、格好良い主人公なんかじゃない……


「だがそれが君の奥義なら、こちらも奥義で応えよう。安心しろ、少し眠ってもらうだけだ」


 装備変更、双剣へ、足掻く意志は捨てない。


「『百八神拳』」


 くる。百八……あぁ、いっぱい殴ってくるのか。捌けるかなぁ……双剣は苦手。

 だって右手と左手で別の動きをしなきゃいけないんだよ?


 繰り出される無数の拳。2、3の拳を防いだところでもう防御が間に合わない、装備変更を繰り返して取り繕う。


 あ………


「そっか……盾、壊れちゃってた……」


 諦めきれない、もっと戦えたはずなのに、ずっと頭が回らない、身体が動かない。

 アニキさんの拳はそんな後悔といっしょにあたしの意識を狩りとっていった


「抵抗しないでくれ。あまりこんな事は言いたくないが、彼女は人質だ」


「仕方ありませんね」


 薄れる意識の中、リリアンもあたしのせいで囚われる。あたしのせいで……あたしのせいで……


 後悔だけを抱いて意識は黒く染まっていく。

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