第125話 魔神『黄昏のアラファト・ネファル』


『大迷宮』の出入り口から拠点に戻って来た俺たちは、魔王撃破まおうげきはをわがしゅに報告に行こうということになり、『闇の神殿』に向かうことにした。


 通路の黒スライムを、各々の方法でプッチしながら向かう。


『闇の神殿』の中央の池の中に立つガーゴイルの口からちょろちょろと『暗黒の聖水』が流れ落ちていて、いかにも落ち着く風情ふぜいだ。


 先に水袋の『暗黒の聖水』を補充ほじゅうするため池に近づくと、ガーゴイルの頭の上に置いてご神体としていた黒い丸石が、あきらかに縦長になっている。見ようによっては人の姿に見えないこともない。


『見ろ! ご神体さまにたましいが宿ったに違いない!』


「うわーー!」「うおーー!」


 すかさず俺たちは、二礼二拍手一礼にれいにはくしゅいちれいの礼拝をおこなった。


「そうだ! ダンジョンで見つけた、台とつぼでこの神殿を飾ってみましょう」


『それはいい考えだ。われらがしゅもきっとお喜びになる。さっそくやってくれ』


 ハムザサールのいたダンジョンの城のホールで見つけた台とその上に乗っていた壺などを、『闇の神殿』の壁に沿ってトルシェが並べていくと、神殿らしさが増してきた。


素晴すばらしいじゃないか』


 俺たちは、もう一度ご神体に向かって二礼二拍手一礼の礼拝をおこなったあと水袋に『暗黒の聖水』を補充して、『闇の神殿』を後にした。



 トルシェもアズランもそれ相当に疲れがたまっていたらしく、拠点のワンルームに戻ったら、風呂にも入らず二人ともそのままベッドの中に入って眠ってしまった。トルシェはもちろんマッパで着ていた衣類はそこらへんに投げ散らかしだ。アズランはいつものように下着でのご就寝だったが一応着ていた服はまとめて置いていた。


 今回、強敵、魔王ハムザサールをリンガレングの力で打ち破ることができたが、ヤツが俺を、『新しき魔王』と呼んだのが思い出された。


 確かに俺の見た目はスケルトン、人ではないが、魔王などという悪の化身のようなヤツでは断じてない。


 それとも、わが主が魔神まじんだというのか? それはありえないな。


 いや、わが主のいととうと御名みなからすると、凡夫ぼんぷたちから見ればわが主は魔神なのか? 


 魔神はこの『大迷宮』の最深部さいしんぶに閉じ込められているという魔神だけではないのか? 


 行くか、確かめに。


 リンガレングもいる俺たちなら魔神に対抗できるのではないか? もしも魔神がわれらのしゅだった場合はどうする? もしそうだったら、非礼ひれいをわが主に詫びて俺は魔王になろう。


 これが魂の葛藤かっとうというものなのだろう。この悩みこそ進化のあかしなのだ。この体で悩みが生まれるとは思いもよらなかったがな。


 幸せそうに眠る二人の寝顔を確認して、二人が起きたらリンガレングを引き連れ、ダンジョン最下層におもむき魔神に相対あいたいすることを決めた。何かあれば俺の眷属となったことを後悔こうかいして俺を恨んでくれ。


 二人が起きれば、腹をかせているだろうと思い、変わり映えはしないが、ステーキと野菜、果物を用意しておくことにした。倉庫に保存されていた肉は、いい肉のようだから今焼いてしまっても、食べるときもう一度温め直せばおいしく食べられるだろう。



 すぐに食事の用意は終わってしまったので俺はゆかに座り込み目を閉じて二人が目覚めるのを待つことにした。




「ダークンさん、おはようございます」「おはようございます」


『二人とも、おはよう。朝の支度したくをしてこい。何か食べるだろ?』


「はい、きょうはかなりお腹がいている感じです」「私もお願いします」


 俺は腹そのものがないせいかこれまで空腹を感じたことはないし、今回も膝を修復しゅうふくしたにもかかわらず全く空腹は感じていない。しかし、腕を再生した生身のトルシェは相当腹もいただろう。


 すぐに肉を温め直して二人に野菜と果物を付けて出してやった。フェアはアズランの肩にとまって、アズランの髪の毛に手をやり落っこちないようにしている。


『これから魔神を見に行こうと思っているんだ』


 食事中の二人に向かって話し始めたのだが、


「やっとダークンさんもその気になりましたか」「私はいつでも行けます」


 二人にとっては既定路線きていろせんだったようだ。




 二人が食べ終え、食器の片付けが終わった。


『トルシェ。早いところ服を着てくれ。

 アズランもな』


 マッパのトルシェはそこらに投げ散らかした衣類を拾いながら身につけ始め、下着姿のアズランはベッド脇にまとめた衣類を身につけ始めた。これまで、脱衣所に置いておけば衣類はきれいになると思っていたのだが、そこらに放り投げていてもきれいになっていたようだ。


 最下層まで行って魔神を確認することには少し不安があるが、今回はお味見あじみだ。まあ、大丈夫だろう。リンガレングもいれば、コロもいるし、何より力強い二人の仲間もいる。



 支度したくを終えた二人とフェア、リンガレングも最初から連れて黒い渦の部屋に入って行った。


 リンガレングによるとウマール・ハルジットが魔神を封印ふういんしたという場所につながっている左の黒い渦に向かって進んでいく。


『みんな揃って入るぞ』


「はい!」「はい!」「了解しました」




 足を踏み出した渦の先は、リンガレングによると『大迷宮』の最下層。振り返ると、黒い渦は消えていた。


 渦が無くなるとは聞いてないぞ! これではお味見だけでは帰れないだろ!


 とはいえ、なくなってしまったものに愚痴ぐちを言っても仕方ない。おそらく魔神をここでたおせば帰れるのだろう。そういうものだ。


 ここはダンジョンの中のはずだが、見上げても天井は見えない。その代り黄昏たそがれ時のような赤みがかったセピア色の光であたりは満たされている。


 そして目の前、100メートルほど先には巨大な赤い像がそびえ立っていた。像が赤く見えたのは、その像が昔のローマ人が着ていたトーガのような長い一枚布を巻いた真っ赤な服を着ていたからだった。


 像の両足首、両手首、そして首周りに巨大な黒い輪っかのかせがはめられ、いちいち極太ごくぶとの黒い鎖につながれていた。鎖の先は空中で途切れているように見える。


 その像の顔を見上げると、両目と、口をこれも極太のタコ糸のようなもので縫い付けられていかりの形相ぎょうそうが無理やり抑え込まれたように見える。俺から見ても、邪悪でおぞましい。


 これが魔神の姿なのか。とてもじゃないが、この巨人がわれらがしゅあがめる神などではない。これで俺も少し安心した。


『リンガレング、これが魔神なのか?』


『はい、これこそが魔神「黄昏たそがれのアラファト・ネファル」です。いまは、時間を止めていますのであらゆる攻撃が無効です。魔神を滅ぼす準備ができ次第、時間の停止を解除します』


『ということは、先制攻撃し放題ほうだいと言うことか』


『そういうことになりますが、一撃での撃破げきははまず不可能です』


『だろうな。

 二人ともどうする?』


「やりましょう」「いけます」


『よし、やってみよう。リンガレング、準備はいいか?』


『しばらくお待ちください。リンガレング、対魔神専用回路、神滅回路しんめつかいろロード開始します』



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る