第88話 『大迷宮』18階層、妖精さん?


 ファエリーだかピクシーだかの妖精ようせいを見つけたらしいアズランが、えらいスピードですっ飛んでいった。


 アズランに限ってではないが、これまでのことを考えると、モンスターに後れを取るようなことはないと思う。それでも何かあっては困るので、俺とトルシェは急いでアズランを追った。かなり遠くまで駆けていったようでなかなか追いつけなかったが、ようやくアズランの立っているところまでたどり着いた。


『アズランどうだった?』


「逃げられました」


『アズランから逃げるとは、それはそれですごいな』


「ダークンさん、どうしましょう?」


『そうだな。何か罠でも作ってそれにフェアリーだかピクシーを追い込んだらどうだ?』


「うまくいくでしょうか?」


『それはわからないが、やってみれば案外うまくいくかもしれないぞ。なにせ俺たちには、しゅのご加護があるからな』


「そうでしたね。それじゃあ、どんな罠を作ったらいいんでしょう?」


『それはだな』


 そういって、俺は、アズランの鳥かごを『キューブ』から取り出して、


『こいつの蓋を開けて、中にエサを入れておくんだ』


「エサは何がいいんでしょう?」


『さあ、フェアリーだったら花とかの蜜かもしれないが、そんなものはないだろ? 適当に木の実とかレーズンでも入れとけばいいんじゃないか』


「そんなので、大丈夫でしょうか?」


『さあな。まあやってみてダメならまた考えよう。

 トルシェ、籠の蓋を遠くから閉める魔法はないか?』


「この籠の蓋は、上から下に落ちるタイプですから、上にげたままにしているここの金具を弓で射て蓋を落としましょう。蓋が落っこちれば金具がはまって中からは開けることができないようです」


 そういうことで、俺たちは鳥かごを使った妖精?生け捕り罠を通路上にセットして、フェアリーか何かが中に入ってくるのを遠くから待つことにした。


『これだと、フェアリーだかがたまたま通りかかるのを待つだけだから、時間がかかりそうだ。なにかおびき寄せる匂いでもあればいいと思うんだが』


「さっき入れた木の実をちょっと焼いてみますか? そしたら煙も出ますからフェアリーが寄ってくるかもしれません」


『ダメもとだしな。それじゃあ、トルシェやってみてくれ』


 トルシェの突き出した右手から、赤い紐が伸びていき、鳥かごの隙間から、中にばら撒いた木の実に当たった。


 音は聞こえなかったが、木の実から煙が立ちのぼって来た。


「こんなものでしょう。うーん、こうばしい匂いが漂ってきたような」


『こっちに匂いが漂ってきてちゃまずくないか?』


「別に風があるわけでもないので、向こうの方にも匂いは漂ってますよ」


「あっ! 羽音はおとが聞こえてきました」


 アズランがまた、フェアリー?の気配をとらえたようだ。


 しばらくじっとして、鳥かごを眺めていると、


『来ました!』


 ほんとに、羽音をさせて華奢きゃしゃな人形のようなものが現れた。そいつは鳥かごの周りを飛び回りながら様子を見ているようだ。


 トルシェが、烏殺うさつに矢をつがえ、いつでも射れるように構えた。


 おっ! 入った。


 ヒュー。


 矢は放物線を描いて、鳥かごの金具目指して飛んで行く。


 矢の風切かぜきり音に気付いたフェアリー?が慌てて飛び上がったが、思いっきり鳥かごの格子にぶつかって籠の底に落っこちた。そこで、矢が金具にうまい具合に当たり、蓋が落っこちて閉じてしまった。


『トルシェ、うまくやったな』


「えへへ」


「トルシェ、ありがとう」


「どういたしまして」


 さすがのアズランもここでは一人ダッシュをすることもなく俺たちに合わせて鳥かごに向かって歩いて行った。



『さっき勢いよく檻の格子にぶつかっていたけど大丈夫かな?』


「大丈夫でしょう。死んでたらそこいらに捨てるかコロに食べさせて、また罠にかければいいだけですから」


 今の言葉を聞いたアズランが悲しそうな顔をして、


「大丈夫、大丈夫……」と小声で自分に言い聞かせていた。


 結果は見ればわかる。


 鳥かごの中をのぞくと、かごの底にうつぶせになった人形っぽい何かが転がっていた。左右二枚ずつある透明な羽のうち上から見て右上の一枚が傷んで折れ曲がっている。体が小刻みにピクピク痙攣けいれんしているところを見ると生きてはいるらしい。


『生きてはいるようだが、ケガをしてるみたいだ。どうする?』


「私のフェアちゃん」


「そうだ! ちゃんと名づけをしてやると強くなって、ケガも治るかもしれません」


『それは、あり得るな。アズラン、おまえのフェアちゃんをちゃんと抱きかかえて名前を呼んでやれ。そしたらケガも治るかもしれないぞ』


「やってみます」


 アズランが鳥かごの金具を操作して蓋を開けて、フェアリーに手を伸ばした。


「いいいーーー。? 痛くない」


 先ほどまでうつぶせに寝ていたフェアリーがアズランでも反応できないスピードで起きあがり、いきなりアズランの手に噛みついてきたのだが、アズランにはまるで効かなかったようで何ともないようだ。


 そのままアズランの片手で胴体を掴まれたフェアリーが、手足をばたつかせながら鳥かごから出てきた。


『ほう、これがフェアリーだかピクシーか』


「見た目は可愛かわいいですね」


 アズランは、フェアリーがバタバタしないように両手で持ち直して、自分の顔の前に持っていき、その顔を覗き込みながら、


「フェアちゃん。あなたの名前はフェアちゃん」


 アズランが最後にフェアリーの名前を呼んだ瞬間、ピクリとフェアリーが震えてそれからは、おとなしくなった。そして折れ曲がっていた羽がピンと伸びた。


『アズラン、うまくいったようだな』


「ありがとうございます」



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