第50話 宝物庫3、食糧庫


 湯舟ゆぶねにお湯を入れる音が途切れてしばらくして、


『トルシェ、ここにバスタオルを置いておくぞ』


 風呂のドアの前で、中のトルシェに声をかけたのだが返事がない。どうした? ガントレットを外した俺の左手の薬指にはめている指輪が心持ち光っている。こいつが光っていると言うことは、


 びっくりして、ドアを開けて中を確認すると、トルシェが湯舟の底で上を向いて沈んでいた。急いでトルシェを湯舟から引き揚げたところ、


「ブファ! ケホ、ケホ、ケホ。ハー、ハー、ハー」


 口からお湯を吹き出して咳をしながら、荒い息をしている。


 こいつ寝ぼけて湯舟で溺れたのか? この指輪がダメージを回復しつづけていなかったら、えらいことになってたぞ。


『トルシェ、どうした!?』


『はー、はー。お風呂に入って体を伸ばしていたら、気持ちよくなって、それで目を閉じたら、そのまま寝ちゃったみたいです。さっきは死ぬかと思った』


『闇の眷属』として睡眠や休息が必要ない体となっていたのは俺だけだったようだ。トルシェは頭は覚醒かくせいしていたのかもしれないが、体は睡眠を必要としていたのだろう。これからは、適当なところで休息を取った方が良さそうだ。


『トルシェ。このタオルで体を拭いたらベッドで休め』


 俺の渡したバスタオルを受け取ったトルシェが、ドライヤー魔法も併用して体を拭きながら、


『そうします。ダークンさん、また助けてもらってありがとうございます』


『これからは、ちゃんと定期的に休憩をとるようにしないとな』


『すみません』


『ばかだな。お前が悪いんじゃないんだし、休憩を取るのは当たり前のことなんだからかしこまるな』


『ダークンさんは本当に優しいんですね』


『まあな。俺の仲間はお前しかいないんだ。大事にするのは当たり前だろうが。俺たちが風邪かぜをひくとは思えないが、はやいこと下着を着てベッドで寝てしまえ』


『ダークンさんは、恥ずかしげもなく良くそんなセリフを言えますよね。でもそういうところが大好きです』


『分かったから早くベッドに行け』


『はーい』


 結局何事もなかったようで、ほんとうに良かった。


『おまえはアンデッドなんだからこれから先、ずっと一人でも構わないだろう?』と言われたらその通りなのかもしれないが、二人でいる方が確かに楽しい。


 そういう感情がまだあるってことは、俺自身真正しんせいのアンデッドになり切っていないのかもしれない。どっちでもいいといえばそうなのだろうが、この気持ちをくしたくない気持ちも確かにある。


 トルシェがベットに入ったので、俺はとりあえず右手にはめたこの銀色の指輪を鑑定しておくことにした。




<鑑定石>

「鑑定結果:

名称:『ウマール・ハルジット』の指輪

種別:指輪型魔道具

特性:言語が理解できるようになる。『読む』、『聞く』が可能になる。対応する扉を開けることができる。


 ははあ。この指輪のおかげであのメモが読めたようだ。『話す』、『書く』は出来ないようだが、『話す』については、この体だと話す言葉が全部カタカタ言葉になってしまうので無意味だし、『書く』については、文字を書かなければいけない局面はこれから先そう来ないだろう。必要な時はトルシェ頼みにはなるが、なんとかなるはずだ。『話す』、『書く』ができなくてもぜんぜん問題ない。


『対応する扉』はおそらくだが台所の脇にあった扉のような気がする。俺のただの勘だけどな。


 そうだ、この鑑定石に書いてある文字のような模様も読めるかもしれない。


 『ウマール・ハルジット』の銀の指輪を右手の中指にはめなおし、鑑定石の模様を見ると確かに模様は文字だったらしくちゃんと読めた。


ᚨᛈᛈᚱᚨᛁᛋᚨᛚ ᛋᛏᛟᚾᛖかんていせき」まんまだった。


 さっきのメモには『食糧庫』があると書いてあったが、まだ調べていないドアの先なのか、台所の脇にあった扉の先なんだろう。利便性を考えれば、台所の脇の扉の先があやしい。


 それでは、確認してみますか。


 トルシェの寝ているモダンルームに取って返し、さっそく台所の扉に挑戦ちょうせんした。


 扉の取っ手に右手をかけて引くと簡単に扉が開いた。扉の先の部屋はあの照明で明るく照らされている。そこは壁、天井、床、すべてが銀色の金属張りだった。


 この部屋も通路状に細長くて奥行きがあり、左右の壁には金属製の棚が並んでいる。棚の上には、たくさんのかごが並んで置いてあり、かごの中にはいろいろな野菜や果物が種類ごとに山盛りになっていた。どれもみずみずしさではちきれんばかりだ。味覚も嗅覚のない俺だが、果物などを見るとつい手を伸ばしたくなるほどの色つやだ。


 その先には、大きな丸いパンの塊が何個も置いてあり、チーズっぽい大きな塊も置いてあった。


 少し先の方に行くと、ガラスに見える透明板で作られたタンスほどのケースが何個かあり、その中の温度はやや低めになっていて、おおきな肉の塊が何個も並べて置いてあった。その隣で、同じようなケースの中にはバターの塊のような物も置いてあった。


 生身の人間でも、ここにいれば、何年でも、何十年でも生活できそうだ。


 いろいろ見ながら、部屋の奥まで行くと実はT字になっていたようで、左右に部屋が分かれていた。 


 左右どちらにも樽がたくさん置いてあった。何が入っているのかわからないが、左側の部屋には樽が枠組みの中を横に寝かせて積み上げられている。軽くたたいた感じは、水ものが入っているようだ。右側の部屋の樽は立てて置いてあった。こちらはたたいた感じは水ものではなく、穀物こくもつ関係が入っている感じがした。


 トルシェが食べたいというなら開けてみてもいいが俺自身には今のところ不要なので、中身を確かめることもしなかった。



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