第38話 冒険者ギルド


 武器屋で諸々もろもろを購入したあとにトルシェに連れていかれた先は、テルミナの冒険者ギルド。その1階ホールに今二人で入ったところだ。


 ガシャン、ガシャン、ガシャン。


 大げさな音が出入り口から聞こえてきたためか、ホール内の冒険者たちが一斉に俺たちの方を値踏みするような眼をむけた。そして、一様いちように俺の姿を確認した後は目をそむけた。


 フッ、たわいもない連中だ。


 俺の見た目はそりゃゴツいのかもしれないが、武器の使い方なんて素人しろうとそのものの藤四郎とうしろうだぞ。歩き方だって、武術家の歩き方は、素人しろうとと比べ全く違うと聞いたことがある。Bランクだとか言う連中が、緑のゴブリンに苦戦するわけだ。


『それじゃあ、受付のいてるところに並んで、ちゃっちゃと登録を済ませてしまいましょう』



 俺たちはいていそうな列の最後尾に並んで、順番の来るの待っている。


 前には7、8人順番待ちに並んでいるのだが、その連中が、たまに嫌そうな顔をして後ろに並んでいる俺たちの方を振り返る。気持ちはわからなくはないが、けっこうウザいぞ。



 15分ほど嫌な思いをしながら並んでいたら、やっと俺たちの番になった。


 テンプレのごとく、受付の人は若い女性だったが、その人とトルシェが俺には理解できない言葉でやり取りしているのを、俺は横で眺めていた。


 一度、席をたったその女性が後ろの方から台帳のような大きな本を持って来て中を調べ、トルシェに向かって首を振っていた。


 そのあと、トルシェは女性に差し出された二枚の紙に、置いてあった付けペンで何か字を書いて差し出した。これで一応手続きが終わったようだ。


『手続きは終わりましたが、冒険者カードの発行に20分ほどかかるそうなので、呼ばれるまでその辺で待っていましょう』


『なにか特別なことでもあったか?』


『大したことじゃないんですが、わたし、トルシェ・ウェイストは死んでました。迷宮内での遭難そうなんということで処理されていました』


『そうか。それはご愁傷しゅうしょうさまだな』


『ありがとうございます』


『冗談で言ったんだから真面目に返すなよ。それじゃあ、おまえの名前はどうしたんだ?』


『トラッシュ・ウェイストとしておきました。いかにも偽名ぎめいっぽくていいでしょう?』


『?』


『トラッシュ・ウェイストの意味は、ゴミクズって意味です』


『ふーん。いい名前だと思ったが、そういった意味があったのか』


『それじゃあ、俺の名前は?』


『ダークンさんの上の名前を聞いてなかったので、ダークンだけにしておきました』


『それでいいんだ?』


『このあたりでは上の名前のない方が普通ですから、全然問題ありません』




『カードができたようです。わたしたちは最初の登録なので、Gランクからのスタートになります』


 さきほどの窓口から少し離れたカウンターで冒険者カードなるものをいただいた。


 冒険者カードと名前はアレだが俺たちのもらったのはただの木の札で、上の方に孔があいていておもてに俺の読めない字で俺の名前が書かれているだけの簡単なものだった。孔には革紐かわひもなどを通してカードを首から下げておくのだそうだ。裏側には、冒険者ギルドを表す丸に十字の焼き印が押してあった。どこかの島津しまずさんと同じだ。


 Gランクというと、冒険者としては最低クラスであるし、たいていは『大迷宮』の1層辺りでゴミ鉱石をあさるか、荷物持ちをするのだそうだ。まさに底辺の下積したづみ。


 俺たちは単純に『大迷宮』に入るための切符が欲しいだけだったのでランクなどどうでもいいので気にしていなかったのだが、どうもこのギルドの中にいる連中は違ったらしい。


 ホールの隅の方で、腕組みをしたごつい体格のつるつる頭のおっさんがずかずか俺たちのところにやって来て、何かわめき始めた。もちろん俺にはおっさんが何を言っているのかわからないのでただ眺めていただけだ。


『トルシェ、このおっさん、俺たちに何言ってんだ?』


『要約すると、「新人のくせに態度がでかい」そう言っています』


『それで、俺たちはこのおっさんに何か迷惑でもかけたのか? 迷惑をかけていたのなら謝らなくちゃいけないからな』


『たぶん、新人にいちゃもんを付けて、小銭こぜにでも巻き上げようとしてるんじゃないですか? ダークンさんは立派な鎧を着ているし、お金持ちにでも見えたんでしょう』


『ということは、こいつに謝る必要はないんだな? それにしても、こんなに大勢の人がいる中で、よくそんなことができるな?』


『冒険者ギルドは、冒険者同士の争いには手を出しませんし、周りの物を壊さなければなんらペナルティーが発生するわけではありません。周りの連中から見ればいい余興よきょうといったところでしょうか。

 と言うことで、この男に謝る必要などありませんし、わたしたちがこの男を痛めつけても問題ありません。こんなザコは放っておいて、雑貨ざっかを買いに行きましょう』


『そうだな』


 俺たちが、その体格のいいつるっぱげのおっさんを無視して出入り口に向かおうとしたら、いきなりおっさんがトルシェの腕を掴んだ。


 これは、明確な敵対行為てきたいこういだと俺は認識したぞ。


 さーて、ここらで俺の出番かな。と、一歩前へ出ようとしたのだが、


 あれれれ? おっさんはトルシェの腕を掴んだまでは良かったが、トルシェは何事もなかったように歩き続けている。当然おっさんは引きずられた格好だ。


 体格差が2倍ではきかなそうなおっさんが顔を真っ赤にしてっているのだが小柄な少女に引きずられていく。手を放せばいいだろ。と、思ってよく見たら、トルシェががっしり自分の腕でおっさんの手が抜けないように挟み込んでいた。


 トルシェが振り返って、細めた目でおっさんを虫けらでも見るような目で見ている。小柄な割に迫力がある。


 大声でわめきながらじたばたするおっさんを冷たくにらんだトルシェが小さな声で、『ファイア』と唱えたのを俺は頭の中で聞いた。


 どこにも火の玉は見えなかったが、おっさんが大声で悲鳴を上げ始めた。


 トルシェを掴んだおっさんの手首から肘近くまでが見えている範囲で赤くなったかと思うと皮膚が泡を吹きはじめ、少しずつ茶色になり、そしてとうとう黒く変色して、プスプスと音を立てて湯気だか煙だかがのぼって来た。


 俺には嗅覚はないのでわからないがそうとう嫌な臭いがあたりに立ち込めたはずだ。


 そのころには、おっさんも声を上げることもじたばたすることもできず口から泡を吹いて白目をむいていた。トルシェがおっさんの手を固めていた自分の腕を緩めると、おっさんはそのまま前のめりになって倒れ込んだ。


 俺のいた地球だと、手首をひじの辺りから切断するしかないような大けがだ。ここだと、謎ポーションか何かで治るのかもしれないが、安くはないだろう。小銭を稼ごうとしたら大損したでゴザルの巻きだな。


『フン、ザコが。それじゃあ、ダークンさん行きましょう』


 おっさんがからみ始めたころはうるさかった冒険者ギルドのホールが、いまは静まり返っている。


 トルシェさん、パねーよ。まあ俺なら最後におっさんの顔の辺りをはがね製のこのブーツで蹴っ飛ばして歯の4、5本は折ってやったかもしれないがな。


 しかしトルシェも容赦ようしゃない。まさかトルシェのヤツ俺の『闇の眷属』の序列第一位の座を狙ってるんじゃないだろうな。







[あとがき]

冒険者ギルドに初めて入った場合、コレ・・をしないわけにはいきませんので。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る