第15話 執事って言えばセバスチャンってなるのは何でだろうね。

『さて、そのお願いなんだがね……ん? なんだこの反応は?』


 やっと本題に入ろうとしていた自宅警備員氏の言葉は不穏な台詞と共に方向転換された。



「え、なにその不安になりそうな台詞。確実になんかやばそうなフラグじゃん」



『まずいな……どこでばれた? ここに来るまでは細心の注意を払っていたはずなのに』 



「おい、だからその凄い不安になりそうな台詞やめてよっ!」


「あの……九重さん? 流石にその言い様はいささか不安になるのだけれど」


「アーちゃん、このポンコツ全然反応してくれないんですけど」




 その言葉を最後にドローンはぶつぶつと呟くだけのスクラップになり下がってしまった。こっちの三者三様の反応にも無反応。そこまで外界をシャットアウトしないと思考を巡らせれないのかよ。鳥か何かか君は。 



 ピンポーン


 自宅警備員が返答しない代わりに普通にインターホンが鳴り響いた。


「え、この状況でインターホンなんて普通鳴らす?」


 四条の反応もまぁ分かる。

 何と言うかこれまで常識外の事が起こりすぎていた。それなのにいきなり日常的に行なわれる行動を目の当たりにすると変の感覚に陥るよね。


 ―――



 玄関を開けるとそこには執事と言う言葉がこれでもなくピッタリな老紳士がいた。

 切り揃えられた綺麗な白髪は後ろで纏められている。高身長細身の体躯にキッチリと着こなされた漆黒の執事服。

 彼を前にすれば執事という言葉すら彼のために用意されたと言っても過言ではなくなる事だろう。


「ご機嫌よう」


「え、あ、うん。こんにちわ」


「初めましてムンク様。私、お嬢様の執事を務めるセバスチャンと申します」


「えっと、お嬢様って誰のことなの?」


 のこのこと僕についてきた四条が恐る恐る問うた。


「これはこれは美琴様。いつもお嬢様がお世話になっております。これからも変わらずよろしくお願い致します」


「え、もしかしてお嬢様ってもしかして」


「ええ、私の事よ」


 遅れて来た齋藤氏が嫌そうに答えた。彼女は露骨に嫌そうな顔をしているが、何か軋轢でもあるのだろうか。


「おぉ、これはアリスお嬢様。またお会いする事が出来てこのセバス感激の至りでございます。そしてムンク様、美琴様。私は斎藤アリス様の執事でございます」


 セバスチャンは齋藤に露骨な態度をとられている言うのにどこ吹く風といった感事だ。慣れているのだろう。



 しかしほんと斎藤氏ってブルジョアさんなのねー。執事とか普通いないもん。



「能書きはいいわ。貴方何しに来たのかしら。お引き取り願いたいのだけれど」


「フォフォフォ、これは手厳しい。さてさて本題に入りましょうかな。お嬢様には私について来て頂きたいのですが」


「嫌よ。私は力を手に入れたの。もう家の言いなりにはならないわ」


 斎藤はセバスチャンの提案を一考もせずに吐き捨てた。取り付く島がないとはこの事だ。



「北原、北原。アーちゃんって家事情で何かあるのかしら」

「なんかあるみたいよ」


 四条がヒソヒソと話しかけて来た。至近距離から伝わる女性特有の香りが鼻腔をくすぐる。いつまで経ってもこの感覚は慣れない。仕方ない、隠キャはチョロいのだ。


 四条の問いにはオウム返しで答える事しか出来なかった。改めて思い返すと僕らはお互いのことを知らなすぎるのだ。



「さて、困りましたな。あのお嬢様がここまでハッキリと御家の意向に拒否を示すとは」


「もういいわ。美琴さん、アレを追い出してくれるかしら。貴方のステータスなら難なくできるでしょう?」


「え!? あ、アーちゃん。家の人なんでしょ? そんなぞんざいに扱って良いの?」


「お願い」


 困惑する四条に斎藤は短く呟いた。つらつらと言葉を重ねるより案外こう言う短い言葉の方が必死なように聞こえる。

 四条は齋藤の必死さに心動かされたか、仕方なさそうに執事の前に出た。



「えっと、初対面で大変申し訳ないですけどアーちゃんもこう言ってる訳だから帰ってくれますか?」

「ほぉ。指示に従わなければ力づくと言うことですかな?」


 四条は申し訳なさそうに小さく頷いた。


 老執事は困ったように苦笑を浮かべ、

「ではこちらもそれ相応の対応をすることに致しましょう」



 次の瞬間、四条が放り投げられた。彼女は洗濯機に突っ込まれたかの如く、グルグルと回転し玄関から表の通りへと。地面にぶつかる大きめな音が響く。



「いやはや、私めも説得というものは苦手でしてね。お恥ずかしながら肉体言語こっちの方が得意分野なのですよ」


 老執事は先程とは打って変わり獰猛な笑みを浮かべている。


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