第19話 決着

「……何だ、ラグナ」


 ラグナの声で攻撃の手を止めたリクトは、その意図を尋ねる。


「その男には聞きたいことがある。だからまだ殺さないでくれないか」

「聞きたいこと?」

「ああ。君がここに来る前に、その男は以前ラゼルド王国に騎士として務めていたことがあると言ったんだ。そのことについて詳しく聞きたい」

「……ふん。お前に教えることなんざ何もないぞ」


 ロクスは息を切らしながら答えた。


「東西戦争でボロを出したと言っていたな。あれはどういうことだ? 頼む、教えてくれ」


 ラグナは敵に向かって深く頭を下げた。その姿を見たロクスは、渋々といった様子で答えた。


「……どうせ死ぬんだし、答えてやるか。お前はラゼルド王国の騎士に対する給与制度のことは知っているか?」

「確か、主人である国が戦いなどで成果を上げた騎士に対して土地を与えるといったものだったはずだ」


 ラゼルド王国は封建社会となっており、騎士に支払われる給与は金の他に土地が与えられることになっている。ただし土地は戦争で一定の成果をあげた場合のみに適用されており、基本的には給与は定められた給金のみである。


「ラゼルド王国の兵士になったからといって、誰もが土地を与えられるわけではない。土地を貰うには騎士の称号が必要になる。騎士の称号が与えられて初めて貴族として認められ、土地を所有する権利を手に入れることができるんだ」

「確かにその通りだ」

「とはいっても、ラゼルド王国は小国家だ。他国と戦争をすることなんざほとんどないし、土地を有する騎士はあまりいなかった。俺の知っている範囲でも、片手で数えるくらいのものだったさ」

「それならなんで、給与として土地を与えることになっているんだ?」


 リクトが尋ねる。


「多分、士気を高めたかったんだろう。今の世の中は軍事力が求められている。隣国にヴィクリード帝国という脅威がある以上、何かしらの手段で自国の兵を強化しなければならないからな。そのための動源力としての土地だ。土地をもらえるとなれば、騎士たちもその気になるだろうしな」


 ロクスは傷口を抑えながら語る。


「そんなあるときだった。東西戦争が始まり、ラゼルド王国もヴィクリード帝国に加勢して西方大陸の国々に戦いを仕掛けた。だがそんな戦争は、俺ら騎士や兵士にとってはどうでもいい戦いだった。自国を守るための戦争なら喜んでやるが、大陸の面子をかけた戦いなんざ、俺らや一般平民たちにとっては何の関係もない。完全に国の自己満足なんだからな」

「……」

「だが戦争が始まるということは、先ほどの土地を与えられる権利がとうとう役立つときが来たということだ。それがあったからこそ騎士たちの士気も高かった。当然俺もな。死に物狂いで生き残るために、そして戦績を残すために戦いを制していったよ。だが……」


 そこからロクスは、怒りに満ちた声で続きを話す。


「ラゼルド王国は、約束を破りやがった。戦争で成果を上げても、土地を与えることはしなかったんだ。戦争でそれどころではないという言い訳を使ってな」

「でも、それは仕方のないことではないか。戦争中に騎士たちに土地を割り振っている余裕はないと思うが」

「俺たちも最初は仕方ないと思ったさ。だから戦争が終わった後にまとめてもらうことにする約束をかわした。しかし、戦争が終わっても一向に奴らは土地を渡そうとしなかった」


 ロクスは拳を握りしめる。


「あまりの対応に、当時の副騎士長が異議を申し立てた。しかし国はそれを突っぱねやがった」

「そんなことが……」

「そのとき、俺たちは気づいたんだ。結局俺らは国に良いように使われていただけだったということにな。所詮搾取されるだけの存在だったんだ」

「しかし、もしかしたら何か事情があったかもしれないじゃないか」


 ラグナは声を振り絞って言った。

 自身の親戚であるラゼルド王国が、兵士や騎士をそのように扱うはずがないと思っているからだ。


「そんなことは俺たちには関係ない。給与を貰うのは俺たちに与えられた正当な権利だ。それがどんな理由であれ、守られていないという事実は揺るがない」

「そこは、信じることは出来なかったのか。騎士の誇りや国への忠誠で」


 その言葉を聞いたロクスは笑い声をあげた。


「騎士の誇り? 国への忠誠? そんなものあるわけないだろう。いや、たとえあったとしてももうその時にはとっくに無くなっていたさ」

「なっ……」

「はっきり言ってやるよ。そんなものがあって騎士として国に務めている奴なんざ少数派だ。ほとんどは自分が生きていくために騎士や兵士をやっているんだよ。普通に働くよりも高い給料がもらえるし、安定して稼げるからな」

「だが、ノヴァは僕にそう誓ってくれた!」


 声を荒げてラグナが発した。


「なんだ、お前もしかしていいとこの坊ちゃんなのか? よっぽどいい従者に恵まれたんだな」


 ラグナを羨ましさを含んだ目で見つめるロクス。その瞳を、ラグナは見逃さなかった。

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