第167話 妥協できない

「…………」


 アウラとの話し合いの後、部屋に戻って来たハルト達。しかし、その部屋の中は以上に重苦しい空気に包まれていた。

 原因はただ一つだ。ソファに座って、殺気にも近い雰囲気を放つリリアがいるせいだ。


「おいイルよ。あれをなんとかできんのか」

「無茶なこというな。今声かけたらそれこそオレが殺されるだろ」

「じゃがしかし、あれをこのまま部屋に置いておきたくはないぞ」

「なんとかできるとしたらハルトだろうけどな」


 そのハルトはいえば、部屋の隅で何事かを考えこんでずっと黙ったままでいる。

 助力は期待できそうになかった。

 そうなった理由も全てはアウラがリリアに言った一言が原因である。

 リオンはその時のことを思い返していた。





□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■



「今回の帝国行きについて、リリア。あなたの同行は認められません」

「……へ?」


 アウラの言葉にリリアは絶句する。


「どういうことかしら」

「そのままの意味です。今回の帝国行きについてはハルト君、リオンさん、イル。そしてあと一人を含めた四人で帝国へは行っていただきます」

「どうして私がダメなのかしら」

「今回は王国内だけでなく、帝国にも関わりのある話です。国内の活動に関してであれば範囲内の自由を与えることもできますが、帝国も関わるとなればそうはいきません。国賓として招かれる以上、相応の立場というものが必要になります」

「だから私はハル君の姉として——」

「悪い言い方にはなってしまいますが、ただの姉です。ハルト君はすでに成人した身であり、立派な大人です。保護者が必要な年齢ではありません。あなたが一緒にいる必要はありません。そもそも国賓として招かれることになります。そこにあなたを姉だからという理由で組み込むことはできないんです」


 アウラの言うことは何も間違っていない。

 成人したハルトに本来保護者は不必要であり、むしろこの神殿のリリアに対する対応こそが異例なのだ。

 表向きにはただの《村人》でしかないリリアを好待遇で迎えているということが。

 それを帝国でも同じことをというのは、さすがに不可能なのだ。帝国と王国では全く違うのだから。

 そしてもちろんアウラの言っていることをリリアも十分に理解している。しかしだからといって納得できるわけではない。

 全く見知らぬ土地である帝国に向かうというのに、姉である自分がついていけないということが納得できなかった。


「でも」

「でももだってもありません。これは決定事項です。リリアには申し訳ありませんが、ハルト君が帝国に行っている間は王都で大人しくしていただきます」

「くっ……」


 ハルトについて行きたい、行く理由などいくらでもある。しかし、今のリリアにはアウラを説得するだけの言葉がない。

 リリアを帝国へ連れていくことのメリット、それを提示できないからだ。


「日程などの詳しいことは追って通達します。では、私はこのあとも仕事がありますので。今日のとこはこれで失礼します。リリア、あなたには申し訳ないと思っていますよ。文句なら後でいくらでも聞きます。ですからどうか今回だけは納得してください」

「…………」


 アウラの言葉に返事をせず俯いたまま押し黙るリリア。

 もとより返事を期待していなかったアウラはそれ以上何も言うこと無く、部屋を出て行った。

 なんともいえない重苦しい空気の中、アウラとの話し合いは終わったのだった。






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 先ほどの出来事を思い出しつつ、リオンは小さくため息を吐く。

 ハルトを溺愛するリリアからすればアウラの話はまさに寝耳に水で、到底受け入れがたいものなのだろう。

 それはリオンもよくわかっている。しかし逆に言えばリリアの手から離れるというのはハルトにとって成長のチャンスであるともリオンは考えていた。


「仕方がないのう。おいリリアよ」

「何?」

「あー、その、なんじゃ。お主の気持ちもわかるがの、ここは主様の成長のためにお主がグッと堪えてじゃな」

「は?」

「なんでもないのじゃ」


 殺気のこもった瞳で見られたリオンはくるりと反転してリリアから離れる。


「おいお前、なにビビッてんだよ」

「いや無理じゃろ。今のは無理じゃろ。妾マジで折られると思ったんじゃが」

「ちっ、聖剣が聞いて呆れる。たかが人間一人にビビりやがって」

「なんじゃと! そう思うならお主が言えばよかろうが!」

「それとこれとは話が別だろうが! くそ、こうなったらやっぱりハルトになんとかしてもらうしかないぞ」


 イルとリオンが部屋の隅でコソコソと話合っていると、黙り込んでいたハルトが立ち上がってリリアの元に行く。


「姉さん」

「ハル君……」

「姉さんがボクのことを心配してくれてるのはわかってるよ。でも、ボクなら大丈夫だから。行くのはボク一人じゃないし。イルもリオンもいる。それになにより、姉さんがボクにくれた力がある。だから大丈夫」

「……私だってわかってる。ハル君なら大丈夫だってことは。イルとリオンもいるしね。でも、それでも心配だし。私は納得できない。こればかりはハル君になんと言われたとしても……ね。私が私であるために。姉であるために。決して妥協できない点なの」


 ハルトの言葉でもリリアは納得できなかった。否、しなかった。


「でも……そうね。そのことでハル君や他の人に迷惑をかけるのもいいとは思ってない」

「姉さん、それじゃあ」

「だから、私が私の力で帝国に行けばいいのよね」

「……え?」

「そもそも神殿の力を借りて行こうとしてたのが間違いだったのよ。誰もが納得する形でハル君の傍にいるためには、それ相応しい力と立場を身につけないといけない。どうしてこんな当たり前のことに今まで気づかなかったのかしら。うん、そうよね。決めたわ」

「え、ちょっと、ね、姉さん?」


 完全に自分の考えに耽るリリアは、もうすでにハルトの言葉すら届いていない。


「よし、私ちょっと行って来るわ」

「え、行くってどこに」

「冒険者ギルドよ」


 そう言ってリリアは不敵に笑った。


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