第165話 偽りの英雄
王都襲撃事件から一か月後。
魔物の襲撃によって大きなダメージを受けていた王都の復興も徐々に進み始め、大変ながらも人々が日常を取り戻し始めていた頃のことだった。
「すぅ……【姉弾・破槌】!!」
ズガァン!! という破砕音と共にリリアの目の前にあった巨大な瓦礫が粉微塵になる。
「おぉ。さすがだなぁリリアちゃん。助かったよ」
「いえ。これくらいは私でもできますから」
「あっはっは! ホントリリアちゃんが手伝ってくれるようになってから瓦礫の撤去作業が進む進む。また今度はあっちの方を頼むよ」
「はい。わかりました」
体の傷もすっかり癒えたリリアは、王都の復興作業の手伝いをしていた。
といってもしていることは基本的に瓦礫の撤去。破壊だけなのだが。
手伝い始めたきっかけが単純だ。リリアが王都の様子を見るために散歩をしていた時、その行く手を阻むように瓦礫があったのだ。
避けて通ることもできた瓦礫だったが、傷が完全に癒えているのかどうかと、力がどれだけ戻っているかを確認する目的で瓦礫を粉砕したのだ。
そしてそれを、王都の住民に見られていたのだ。
リリアの力を目の当たりにした住民達はリリアに頼み込み、瓦礫の撤去作業を手伝ってもらうことにした、という流れだ。
リリアとしても修行になるかもしれないと思ったため、特に断る理由は無かったのだ。
「うん、力はだいぶ回復してる。それどころか前までよりさらに強くなってるような気がする」
これまで【姉弾】を使うためにはそれなり溜めが必要だったが、今では使うと意識してから力を溜め切るまでの時間が大きく減少していた。
「『姉力』がさらに体に馴染んだ? だとしたら嬉しいことだけど。いまいち実感が湧かないっていうか。もっとこう……力が、湧いてくるっ! みたいなことがあったらいいのに」
成長とは実感しづらいものであるとリリアは理解している。
だからこそ本気の発言ではないが、それでも力が覚醒するようなイベントに憧れを抱いてしまうのは前世の名残なのだろう。
「ふふ、馬鹿らしい。私は私らしく。少しずつ確実に力を増していくだけ。ハル君みたいな急成長はできないしね」
最近加速度的に力をつけている最愛の弟のことを思い浮かべてリリアは小さく笑う。
しかしリリアはそう言うものの、リリア自身の成長速度も十分に驚異的なものであるということを本人は理解していない。
「それにしても……みんな元気なのね。あんなことがあったのに」
ふと周囲を見回してみればそこには元気よく作業する人々の姿。
暗い顔をしている人はいない。みんながみんな明るく、笑顔で動いている。
「あるいは……元気で明るくしてないとやってられない、とかかな」
そうでもしないと不安で心が圧し潰されそうになってしまうから。
「違うか。あれはそんな笑顔じゃない。心からのもの。生きてる喜び、未来への希望。そんなのを抱いてる顔」
人々が希望を抱いている理由をリリアは知っている。
そう。それは新しい《勇者》であるハルトの存在があるからだ。
耳を澄ませば作業の音に混じって人々の話が聞こえてくる。
「おい知ってるか。新しい勇者様。また王都の近くに現れた魔物を討伐してくれたらしいぞ」
「あぁ。俺も知ってる。あんな子供が《勇者》で大丈夫かって思ったけど、王都襲撃の時も主犯格を討ち取ったって聞くし。やっぱり勇者様は勇者様なんだな」
「あぁ。《勇者》が二人もいるこの国はきっと安泰だ。早く復興を終わらせて、前までの暮らしに……いや、前までよりももっと良い暮らしをできるように頑張らないとな!」
「おうおう、お前にだけ抜け駆けはさせねぇぞ! お前が良い暮らしするっていうなら、俺はその倍良い暮らしをしてやるよ!」
「なんだとぉ。だったら俺はその三倍だ!」
「なら俺は——」
そんな会話を聞きながら、リリアの胸中は複雑だった。
ハルトが評価されていることは素直に嬉しい。だが、それが偽りの上に成り立っているとなれば全てを喜ぶことはできない。
そう、王都襲撃事件を引き起こした魔族の主犯格、ガドとガル。この二人を倒したのがハルトであるということになっているのだ。
ミスラが提案したこの話を、ハルトは最初断固として拒否した。しかし住民に安心を与えるためというミスラの説得を受けて、しぶしぶハルトは折れたのだ。
リリアとしても、ハルトがガドを倒したということになること自体は何の問題もない。ただ、それによってハルトが自分を追い詰めすぎないかということだけが心配なのだ。
「偽りを偽りでなくするためには、もっと多くの実績が必要。だからこそハル君は最近毎日魔物の討伐に出かけてる」
主犯格を倒したという偽りの実績だけでなく、他の実績も作れるように。
「今日ももうそろそろ戻って来る頃ね。私もそろそろ神殿に戻るとしましょうか。ハル君きっと疲れてるだろうから、いっぱい甘やかしてあげないと」
ハルトのことをどんなことをしてあげようかと思考を張り巡らせながら、リリアは神殿へと帰るのだった。
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